翻刻
「右帳」
付壱町余隔(へた)て打掛る唐人三人速貫に打殺世
は弥次右衛門直右衛門見届たり見事見事と云う給
て茨木三太夫是も追打に五拾目玉の大筒頬付
打掛頭を打切る其外游にくるを舟により追打
の放かくる近く游行をは陰に而突にも中にも尾
崎仁助は管(くだ)鎗の達人なれは一入手際に突殺す
唐船弥焼流大嶋前より地嶋くくつつ瀬沖迄凡
弐里程も流出る此時弥次兵衛大縄碇を心掛留
よと下知すといへとも兼而用意のなき事なれば
急成間に不合其時佐太夫へ急き才覚有れと
「左帳」
有けれは大早に而地嶋へ取に遣す其上宮崎
彦五郎?(一字消す)を差添??る地嶋ゟ大繩二房
碇三頭苧つな壱房取又大早に而浦舟に而
つみ来る佐太夫働不針と弥次兵衛挨拶有
斯而唐船焼上り近浦浦に大筒の火音聞へ火の
手見へけれは陸埼浦岩屋柏原地の嶋大
嶋江口勝浦より浦舟数艘漕来る皆焼草をつ
み来る「割書き 毛筈わしの類也」此故は唐船漂流の儀を聞付大
筒の火音聞へ候はは近浦より早速焼き草を
つみ浦々ゟこき来り候へと廉る申付有之候処也