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【欄外】
豊橋市史談 (松平信明の逸事) 三百五十
【本文】
明(あき)も最前(さいぜん)から此(この)復命(ふくめい)を待受(まちう)けて居(を)られた様子(やうす)で直様(すぐさま)対面(たいめん)せられたが検使(けんし)の報告(ほうこく)を篤(とく)と聞(き)き終(おは)られて扨(さて)
も〳〵是非(ぜひ)なき事であつたと深(ふか)く愁傷(しうせう)の体(てい)であつたので其(その)目付役(めつけやく)は実(じつ)に信明(のぶあき)の士(し)を愛(あい)することに感激(かんげき)し
たと云ふ事が書(かい)いてあるのである又或時(またあるとき)信明(のぶあき)が浅草見付(あさくさみつけ)を通行(つうかう)せられた時 如何(いか)なる間違(まちがひ)であつたか門(もん)
番(ばん)の者(もの)が下座(げざ)をしなかつたので番頭(ばんがしら)の者(もの)は非常(ひぜう)に恐縮(けうしゆく)して行列(ぎようれつ)の後(あと)を遂(お)つて供頭(ともがしら)に歎願(たんぐわん)し「ワビ」を請(こ)
つたのである然(しか)るに信明(のぶあき)は之(これ)を聞(き)いてイヤ心配(しんぱい)には及(およ)ばぬそれは何(な)にか間違(まちがひ)であろう我等(われら)通行(つうかう)の際(さい)浅(あさ)
草見付(くさみつけ)に於(おい)ては皆々(みな〳〵)下座(げざ)を致(いた)したぞと云つて其(その)罪(つみ)を問(と)はなかつたのであるソコで此(この)番頭(ばんがしら)は深(ふか)く信明(のぶあき)の
仁徳(じんとく)に服(ふく)して爾来(じらい)邸前(ていぜん)を過(す)ぐる毎(ごと)に必(かなら)ず下座(げざ)をして其(その)恩(おん)を拝謝(はいしや)したとの事である又(ま)た文化(ぶんくわ)年中(ねんちう)の話(はなし)で
あるが如何(いか)なる訳(わけ)であつたか或時(あるとき)一人の比丘尼(びくに)が城(しろ)の本丸(ほんまる)に紛(まぎ)れ入(い)つた事があつて之(これ)が一 問題(もんだい)となつ
たのである然(しか)るに此(この)処置(しよち)を時(とき)の老中(らうちう)信明(のぶあき)に伺(うかゞ)ひ出(い)でた処が信明(のぶあき)が云(い)ふにはそれは恐(おそら)くは真正(まこと)の比丘尼(びくに)
ではなかろう必(かなら)ず狐狸(こり)のなせる業(わざ)に相違(さうゐ)あるまい如何(いか)なる訳(わけ)にせよ御本丸(ごほんまる)へ比丘尼(びくに)などの入(い)るべき筈(はづ)
がないではないかとコウ断案(だんあん)を下(くだ)したので門番(もんばん)は勿論(もちろん)責任者(せきにんしや)一 同(どう)は孰(いづ)れも其(その)咎(とがめ)を免(まぬが)れて喜(よろこ)むだと云ふ
事であるが之(こ)れは例(れい)の嵩岳君言行録(すがくゝんげんかうろく)にある話(はなし)である
《割書:信明権威に|屈せず》 信明(のぶあき)の気性(きせう)はザツト右(みぎ)の如(ごと)くであるから其(その)替(かは)り一 且(たん)之(これ)はドウも筋道(すぢみち)の立(た)たぬ事であるなと思(おも)ひ込(こ)む
だならば其(その)時(とき)こそ何処迄(どこまで)も聞(き)き入(い)れぬと云(い)ふ風(ふう)であつたが其(その)場合(ばあひ)になると権威(けんゐ)などは到底(たうてい)恐(おそ)れなかつ
たのである之(これ)も信明(のぶあき)が老中(らうちう)時代(じだい)の話(はなし)であるが或日(あるひ)其(その)登城(とじやう)先(さき)へ水戸(みと)の家来(けらい)が走(はし)り来(きた)つて水戸殿(みとどの)御箱(おはこ)にて
候(そろ)控(ひか)へられよと云つて信明(のぶあき)の先供(さきども)を突(つ)き寄(よ)せたのであるソコで供頭(ともがしら)の松尾(まつを)五 郎(らう)と云(い)ふものが信明(のぶあき)の駕(か)
籠側(ごそば)へ走(はし)り寄(よ)つて其(その)事(こと)を告(つ)げた処が信明(のぶあき)は泰然(たいぜん)として動(うご)かない忽(たちま)ち大音声(だいおんぜい)で急(きふ)の御用(ごよう)により登城(とじやう)する
ものであるまだ水戸殿(みとどの)御箱(おはこ)は参(まゐ)らぬから苦(くるし)くないドン〳〵先(さき)へやれと言(い)ひ付(つ)けて遂(つひ)に登城(とじやう)して仕舞(しま)つ
【欄外】
豊橋市長大口喜六氏は其該博なる智識と不尽の精力傾け豊橋市史編纂に従ふこと一年有余、今や其稿略ぼ成るに際
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【左頁】
【欄外】
此の豊橋市史談は毎周一回(火曜日)に発行し参陽新報読者諸君に進呈す
【本文】
たが夫(それ)から同僚(どうれう)の人々とも協議(けふぎ)して大切(たいせう)なる御用先(ごようさき)の差支(さしつかへ)と相成(あひな)るから爾来(じらい)水戸殿(みとどの)御登城(おとじやう)は老中(らうちう)の登(と)
城(じやう)時刻(じこく)御見合(おんみあ)はせ之(こ)れあるべくと水戸家(みとけ)の家老(からう)へ相達(あひたつ)したとの事である又(ま)た或時(あるとき)何(いづ)れからか菓子(くわし)の到(とう)
来(らい)があつたが信明(のぶあき)は之(これ)を床(とこ)の間(ま)に置(お)かしめて登城(とじやう)したのである軈(やが)て帰邸(きてい)の後(のち)其(その)菓子(くわし)を見(み)ると配置(はいち)が乱(みだ)
れて居(ゐ)て何(なん)たか人が手(て)を付(つ)けた様子(やうす)であるので信明(のぶあき)は色々(いろ〳〵)と之(これ)を取扱(とりあつか)つたものに就(つ)いて調(しら)べさせたが
誰(たれ)も存(ぞん)ぜぬ知(し)らぬで一 向(かう)に埒(らち)が明(あ)かぬソコで信明(のぶあき)は何時(いつ)になく気色(きしよく)を荒(あら)らげ近習(きんしふ)の者(もの)をして最初(さいしよ)到来(たうらい)
の時(とき)之(これ)を取扱(とりあつ)かつた聞番(きゝばん)某(それがし)なるものを糺問(きつもん)せしめた処が実(じつ)は余(あま)り綺麗(きれい)な菓子(くわし)であつたから内々(ない〳〵)手(て)に
取(と)つて居(を)る処へ殿様(とのさま)御帰邸(ごきてい)の觸(ふれ)があつたので驚(おどろ)いて元(もと)の位置(ゐち)へ納(をさ)めようとしたが其(その)暇(ひま)がなかつたので
拠(よんどころ)なくそれを一 個(こ)袂(たもと)の中(なか)へ隠(かく)して持下(もちさが)つたでのあると白状(はくぜう)に及(およ)むで「ワビ」入(い)つた之(これ)を聞(き)いた信明(のぶあき)は
其(その)時(とき)初(はじ)めて顔色(がんしよく)を和(やわ)らげ能(よ)くこそ正直(せうじき)に申立(まをした)てた若(も)しも何処迄(どこまで)も偽(いつは)つて隠(かく)し立(た)てをするならば彼者(かのもの)を
手打(てうち)にせむと思(おも)つたが之(これ)にて満足(まんぞく)したと云(い)つて遂(つひ)に其上(そのうへ)を咎(とが)めようとしなかつたと云(い)ふ事(こと)であるが之(これ)
等(ら)の話(はなし)は実(じつ)に信明(のぶあき)の気質(きしつ)を有(あり)のまゝに曝露(ばくろ)したとも云(い)ふべきもので信明(のぶあき)の人物(じんぶつ)を見(み)る上(うへ)には誠(まこと)に面白(おもしろ)
い話(はなし)であると思(おも)ふ
《割書:信明諌を容|る》 又(また)信明(のぶあき)は壮年(さうねん)の頃(ころ)に兎角(とかく)酒(さけ)を過(すご)す癖(くせ)があつて追々(おい〳〵)気分(きぶん)も荒々(あら〳〵)しく近習(きんしふ)のものも頻(しき)りに心痛(しんつう)する様(やう)にな
つたのであるソコで奥年寄(おくとしより)の佐藤久右衛門(さとうきううゑもん)と云(い)ふ人(ひと)が打捨(うちす)て置(お)かれぬ大事(だいじ)であると思(おも)つて自(みづか)らは決(けつ)す
る処(ところ)があつたものと見(み)へて或夕(あるゆう)信明(のぶあき)が酒宴(しゆゑん)半(なか)ばの席(せき)へ出(いで)て爾来(じらい)酒(さけ)に対(たい)して謹慎(きんしん)せらるゝようにと云(い)ふ
事を極諫(ごくかん)したスルト信明(のぶあき)は以(もつ)ての外(ほか)機嫌(きげん)で無礼(ぶれい)な事を云ふな下(さが)れと云ふ勢(いきほひ)で大不興(だいふけう)であつたから佐藤(さとう)
も此(この)上(うへ)は強(しゐ)て諫言(かんげん)を重(かさ)ぬるも益(えき)ない事であると思(おも)つて一 時(じ)其場(そのば)を引下(ひきさが)つたがサテ我家(わがや)に帰(かへ)つてからも
心配(しんぱい)に堪(た)へられぬので行末(ゆくすへ)の事(こと)などツク〳〵と考(かんが)へて一 室(しつ)に黙座(もくざ)して居(を)つたが其夜(そのよ)の深更(しんかう)に及(およ)むで急(きふ)
【欄外】
豊橋市史談 (松平信明の逸事) 三百五十一
現代語訳
【欄外】
豊橋市史談(松平信明の逸事) 三百五十
【本文】
明もかなり前からこの復命を待ち受けていた様子で、すぐに対面された。検使の報告を十分に聞き終えられて「それにしても是非もないことであった」と深く愁傷の体であったので、その目付役は実に信明の士を愛することに感激したということが書いてある。
また、ある時信明が浅草見付を通行された時、いかなる間違いであったか門番の者が下座をしなかったので、番頭の者は非常に恐縮して行列の後を追って供頭に嘆願し「詫び」を請うたのである。然るに信明はこれを聞いて「いや心配には及ばぬ。それは何にか間違いであろう。我等通行の際、浅草見付においては皆々下座を致したぞ」と言って、その罪を問わなかったのである。そこでこの番頭は深く信明の仁徳に服して、爾来邸前を過ぐる毎に必ず下座をしてその恩を拝謝したとのことである。
また文化年中の話であるが、いかなる訳であったか、ある時一人の比丘尼が城の本丸に紛れ入った事があって、これが一問題となったのである。然るにこの処置を時の老中信明に伺い出でた処が、信明が言うには「それは恐らくは真正の比丘尼ではなかろう。必ず狐狸のなせる業に相違あるまい。いかなる訳にせよ、御本丸へ比丘尼などの入るべき筈がないではないか」とこう断案を下したので、門番はもちろん責任者一同はいずれもその咎めを免れて喜んだということであるが、これは例の嵩岳君言行録にある話である。
信明の気性はざっと右のごとくであるから、その代わり一旦これはどうも筋道の立たぬ事であるなと思い込んだならば、その時こそ何処までも聞き入れぬという風であったが、その場合になると権威などは到底恐れなかったのである。
これも信明が老中時代の話であるが、ある日その登城先へ水戸の家来が走り来て「水戸殿御駕籠にて候、控えられよ」と言って信明の先供を突き寄せたのである。そこで供頭の松尾五郎というものが信明の駕籠側へ走り寄ってその事を告げた処が、信明は泰然として動かない。忽ち大音声で「急の御用により登城するものである。まだ水戸殿御駕籠は参らぬから苦しくない。どんどん先へやれ」と言い付けて遂に登城してしまった
【欄外】
豊橋市長大口喜六氏は其該博なる知識と不尽の精力傾け豊橋市史編纂に従うこと一年有余、今や其稿略ぼ成るに際
【左頁】
【欄外】
この豊橋市史談は毎周一回(火曜日)に発行し参陽新報読者諸君に進呈す
【本文】
が、それから同僚の人々とも協議して「大切なる御用先の差支えと相成るから、爾来水戸殿御登城は老中の登城時刻御見合わせこれあるべく」と水戸家の家老へ相達したとのことである。
また、ある時何れからか菓子の到来があったが、信明はこれを床の間に置かしめて登城したのである。やがて帰邸の後その菓子を見ると配置が乱れていて、何だか人が手を付けた様子であるので、信明は色々とこれを取り扱ったものについて調べさせたが、誰も存ぜぬ知らぬで一向に埒が明かぬ。そこで信明は何時になく気色を荒らげ、近習の者をして最初到来の時これを取り扱った聞番某なるものを糾問せしめた処が、実は余り綺麗な菓子であったから内々手に取っている処へ殿様御帰邸の触れがあったので驚いて元の位置へ納めようとしたが、その暇がなかったので拠んどころなくそれを一個袂の中へ隠して持ち下がったでのあると白状に及んで「詫び」入った。これを聞いた信明は、その時初めて顔色を和らげ「よくこそ正直に申し立てた。若しも何処までも偽って隠し立てをするならば彼者を手打にせんと思ったが、これにて満足した」と言って遂にその上を咎めようとしなかったということであるが、これ等の話は実に信明の気質をありのままに曝露したとも言うべきもので、信明の人物を見る上には誠に面白い話であると思う。
また信明は壮年の頃に兎角酒を過ごす癖があって、追々気分も荒々しく近習のものも頻りに心痛するようになったのである。そこで奥年寄の佐藤久右衛門という人が打ち捨て置かれぬ大事であると思って、自らは決する処があったものと見えて、ある夕信明が酒宴半ばの席へ出て「爾来酒に対して謹慎せらるるように」ということを極諫した。すると信明は以ての外機嫌で「無礼な事を言うな、下れ」という勢いで大不興であったから、佐藤もこの上は強いて諫言を重ぬるも益ない事であると思って一時その場を引き下がったが、さて我家に帰ってからも心配に堪えられぬので、行末のことなどつくづくと考えて一室に黙座していたが、その夜の深更に及んで急
【欄外】
豊橋市史談(松平信明の逸事) 三百五十一
英語訳
**Margin:**
Toyohashi City Historical Discourse (Anecdotes of Matsudaira Nobuaki) 350
**Main Text:**
aki had apparently been waiting for this report for some time and immediately granted an audience. After listening thoroughly to the inspector's report, he showed deep grief, saying "What an unavoidable tragedy this was." The inspector was truly moved by Nobuaki's love for his retainers, as recorded in the book.
On another occasion, when Nobuaki was passing through the Asakusa checkpoint, for some reason the gatekeeper failed to perform the proper bow. The guard captain was extremely embarrassed and chased after the procession to appeal to the retinue leader for forgiveness. However, when Nobuaki heard of this, he said, "There is no need to worry. It must have been some mistake. When we passed through the Asakusa checkpoint, everyone performed the proper bow." He did not punish the offense. This guard captain was so moved by Nobuaki's benevolence that from then on, whenever he passed in front of the residence, he would always bow in gratitude.
Another story from the Bunka era tells of a Buddhist nun who somehow wandered into the main keep of the castle, creating quite a problem. When this matter was brought to Senior Councilor Nobuaki for judgment, he declared: "She is probably not a real nun. It must surely be the work of fox spirits. For whatever reason, there is no way a nun should be able to enter the main keep." With this decisive judgment, the gate guards and all responsible parties were relieved of blame and rejoiced. This story is recorded in the Sugaku-kun Genkoroku (Record of Lord Sugaku's Words and Deeds).
**Nobuaki's Resistance to Authority**
Nobuaki's temperament was roughly as described above. Once he became convinced that something was unreasonable, he would absolutely refuse to accept it, and in such cases, he feared no authority whatsoever.
Another story from Nobuaki's time as Senior Councilor tells how one day, as he was heading to the castle, a Mito retainer came running and said, "Lord Mito is in his palanquin - stand aside!" pushing back Nobuaki's advance guard. The retinue leader, Matsuo Goro, ran to Nobuaki's palanquin to report this, but Nobuaki remained completely calm. Suddenly, in a loud voice, he commanded: "We are proceeding to the castle on urgent business. Lord Mito's palanquin has not yet arrived, so there is no problem. Continue forward at full speed!" and proceeded to the castle.
**Margin:**
Mayor Oguchi Kiroku of Toyohashi City has devoted his extensive knowledge and inexhaustible energy to compiling the history of Toyohashi City for over a year, and now as the manuscript is nearly complete...
**Left Page:**
**Margin:**
This Toyohashi City Historical Discourse is published once a week (on Tuesdays) and presented to readers of the Sanyo Newspaper.
**Main Text:**
Later, he consulted with his colleagues and sent word to the Mito family's senior retainer: "Since this interferes with important official duties, henceforth Lord Mito's castle visits should be timed to avoid conflicts with the Senior Councilors' arrival times."
On another occasion, sweets arrived from somewhere, and Nobuaki had them placed in the tokonoma alcove before going to the castle. When he returned and looked at the sweets, their arrangement was disturbed, appearing as if someone had handled them. Nobuaki had those who had handled them investigated, but everyone claimed ignorance and no progress was made. Unusually angered, Nobuaki had his attendants interrogate a certain page who had initially handled the delivery. Under questioning, the page confessed that the sweets were so beautiful that he had secretly picked one up, but when word came of his lord's return, he panicked and tried to return it to its original position. Having no time, he was forced to hide one piece in his sleeve pocket. When Nobuaki heard this confession and apology, his expression softened for the first time: "How good that you told the truth honestly. If you had continued to lie and conceal it, I would have had you executed, but now I am satisfied." He did not pursue the matter further.
These stories truly reveal Nobuaki's character in its entirety and provide fascinating insights into his personality.
**Nobuaki's Acceptance of Remonstrance**
In his younger years, Nobuaki had a tendency to drink excessively, and his temperament gradually became rougher, causing his close attendants great concern. The senior retainer Sato Kyuemon, considering this a serious matter that could not be ignored, apparently resolved to act. One evening, he appeared at Nobuaki's drinking party and strongly remonstrated that he should henceforth abstain from alcohol. Nobuaki was extremely displeased and angrily said, "How dare you speak so rudely! Withdraw!" Sato, thinking that further remonstrance would be futile, withdrew for the time being. But even after returning home, he could not bear his worry, so he contemplated the future deeply and sat silently in a room. Late that night, urgent...
**Margin:**
Toyohashi City Historical Discourse (Anecdotes of Matsudaira Nobuaki) 351