翻刻
半(ば)にして十五日を一定(いつてい)することなし日月ともに動物(どうぶつ)ゆへ朔望(さくほう)
ともに其|刻(こく)あへてたとへば酉(とり)の初刻(しよこく)望(ぼう)なれば其刻|少(すこし)く過(すく)れば
忽(たちま)ち望(ぼう)は過(すぐ)る也日月の食(しよく)の其|刻(こく)に欠(かけ)て刻|過(すぐ)れは復(ふく)するが如し
されば朔望(さくぼう)日刻(につこく)のごときは暦(れき)法|推歩(すいほ)によつて当月の合朔(がつさく)
は何(なに)の日何の刻(こく)定望(ていぼう)は何の日何の刻と知ること也其|術(みち)を学(まな)んで
つまびらかにすべし
○月の出大く見ゆる
問て云日の出入は既(すで)に其|説(せつ)を聞(きく)しかるに月は出る時のみ大に見
ゆる理は日の出入と理|同(おな)じかるべからずいかん
答て云月の出る時大に見ゆるは大概(おほむね)日と理を同(おなじ)ふして又|異(こと)
なり月は日の光(ひかり)をうけて明(めい)をなせ共地より見る時は日の没(ぼつ)せ
ざる内は月|光(くはう)も日の光に奪(うばは)れて光(ひかり)薄(うす)し日|地下(ちか)に沈(しづ)んで地上
日光をうけざるに至(いたつ)ては月光いよ〳〵|輝(かゞや)き見ゆ尤是日月の
方にしてはいつも同根なれども其|居(い)る国の地上よりいふこと也此|故(ゆへ)
に黄昏(たそがれ)の比(ころ)日|没(いら)んとして残光(ざんくはう)いまだ失(うせ)ず此時月東方に出て
大なれども光輝(くはうき)《ルビ:假|すくな》し日|深(ふか)く没(ぼつ)し夜となれば月|精光(せいくわう)を
あらわし其かたちは却(かゑつ)て小(ちいさ)く見ゆる又日月とも昇(のぼら)んとして
東方に光を発(はつ)しつゞゐて形(かたち)を現(げん)ず此時は游気(ゆふき)を隔(へだて)て斜(なゝめ)に
見るゆへ其|形(かたち)大を覚ゆること也入る月は或(あるひ)は夜陰(やゐん)にして西に
沈(しづ)み又は半天(なかぞら)にして暁(あかつき)となりたちまち日光(につくはう)の為に其光
をおされなどするゆへ黄昏(くはうこん)東方に出る月の大を見るとは
違(ちが)ふこと也
○三日月の正射(せいしや)
問て云三日の月あるひは正(たゞ)しく盃(さかづき)を仰向(あをむけ)たるごとき有又は斜(なゝめ)に
して盃(はい)を覆傾(かたふける)ごとく見ゆ其|正斜(せいしや)【左ルビ「たゞしきなゝめ】にかつて晴雨(せいう)を預(あらかし)め占(うらなひ)知る
などの説(せつ)いかん