翻刻
なるべしわづかの間をよぎりてか幸運(こううん)の程をよろこび
夜もすがら酒をくめども少しも酔(よ)はず耳鳴(みゝなり)脳乱(のふらん)いよ〳〵
強く翌朝(よくてう)とても只ならぬ心地なからも其所にいたり
みれは倒(たを)れる所より四間程|隔(へだ)て早苗(さなへ)を泥(どろ)に打込
こと壱坪にたらす其あたり三四間真黒く黬(くたぶれ)たり此とき
しもやつかれはもゝ引|胴巻(どうまき)帯(おび)どめなど腹(はら)を〆たるもの
多きゆへ外のものより響(ひゞび)きも軽(かる)かりしとみへたり
〇天保六乙未二月摂州|難波(なには)の津を立出て大和をめぐり
奈良(なら)より田丸|越(ごへ)をかけ伊勢へ参宮(さんくう)せし時|多気(たき)と仁ヶ(にか)
木の駅(しゅく)の間を馬に乗けるに立場にていぶせき茅屋(かやゝ)の軒
に馬をつなき馬士(まこ)支度するうち遠近の山にて雉子(きし)一時に
驚(おどろ)き鳴く故定めて地震ならんと急き馬よりをりると
至りて案にたがわず大地震にて屋根(やね)の石などおち
けりつなきし馬はあれ出し大かたならぬ騒(さわ)きなり
其|儘(まま)乗(のつ)てあるならば落馬(らくば)は勿論|怪我(けが)あるべし
〇去年安政十一月四日大地震の時江戸向両国牛
嶋に通りかゝりし折から浅草御蔵川|端(ばた)大木の梢(こずへ)に
烏(からす)のはゞたく事夥(おびただ)しいつもにかはり小枝も見へぬばかり