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コレクション: STAGE1

震雷考説 全 - 翻刻

震雷考説 全 - ページ 6

ページ: 6

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夥(おびただ)し此とき伊豫の温泉(ゆ)潰(つぶ)れてふたゝび出ずまた |土佐(とさ)等半国崩|減(げん)して海となり|昼夜(ちうや)鳴動(めいどう)することたと へるにものなし伊豆(いづ)の嶋二ツに裂(け)て西北に別れ 八嶋となり三百四丈土加り増とかや四十二代 文武(ぶんぶ)天皇|慶雲(けいうん)四年丁未六月大地震|空中(くうちう)に長サ八丈程 横三丈あまり三面の|鬼形(おに)顕(あら)はるとあり五十七代 陽成帝(ようせいてい)元慶三年己亥九月廿九日より大地震夫より五ヶ年 つゝきしとなり一書には二年戊戌とも有五十八代 光孝天皇仁和三年丁未七月晦日大地震にて星(ほし)の落(おつ)ること 雨のごとしとあれども予(われ)按(あんずるに)星(ほし)にあらず陽勢(やうせい)のあまる光気 發し飛ふことまゝ有と聞六十一代 朱雀(しゆぢやく)帝天慶二年己亥四月大地震にて 主上臺(うてな)をはなれ 給(たま)ひ|清寧殿(せいねいでん)の庭(てい)上へ五畳(じょう)の|幄屋(あくのや)をしつらひ仮(かり)の皇居と なし給ふよし平家物かたりにみへたり又|王代(わうたい)|一覧(いちらん)年 歴纂(れきさん)等(とう)には元年戊戌四月十五日より二十九日まてと有 ともこは別の地震か八十二代 後鳥羽(ごとは)院文治元年己巳七月大地震にて白川六勝寺八|角(かく) の塔(とう)三十三間堂をはしめ|近国(きんごく)の寺社|民屋(みんおく)の崩(くづ)るゝ