翻刻
〇明和(めいわ)三年丙戌正月廿八日|奥州(おゝしう)津軽(つがる)青森(あおもり)邊(へん)大地震
凝濤(つなみ)にて人民多く死す
〇文化元甲子年三月羽州秋田大地震|象潟(きさかた)山くつれ
死亡(しぼう)多し
〇文政五壬午年六月京都大地震同十一年子十一月十二日
越後(えちご)三|条(じやう)邊十里四方大地震処々より出火して横’(おう)
死(し)三万余人牛馬六千余死す民屋(みんおく)は勿論寺社|悉(ことごと)く
壊るゝ同十三年庚寅七月二日|京都(きやうと)大地震三十日
余震ふ
〇弘化四未年三月廿四日|信州(しんしう)善光寺(ぜんかうじ)邊より上越後(かみえちご)二十里
程(ほど)の間大地震|神社(じんじや)|仏閣(ぶっかく)民屋|倒(たをれ)山岳くつれ
名たゝる大?川?犀川を堰留数(す)日を経(へ)て大川一時に
押(おし)出し人|馬(ば)死亡(しぼう)数(かす)しれず
〇嘉永七年寅年京都大地震同年十一月四日|東(とう)海|道(どう)筋
大地震伊|賀|伊勢(いせ)別て強く武州も夥しく震ふ
同五日六日四国九州大地震諸国大津波大坂木津
川は大《ルビ:舩打|せんうち》入《ルビ:橋|はし》々《ルビ:落|をち》て人死多し《ルビ:阿波土佐|あハとさ》□□
く去年より亜免利加(あめりか)の軍艦(ぐんかん)七|艘(そう)渡来(とらい)すまた