翻刻
ありて、其後長治(そのゝちちやうぢ)二年六月、また文明(ぶんめい)九年七月|北(ほく)
国(こく)に紅の雪のふりたることあり。また紅なるのみ
ならで、緑(みどり)の雪(ゆき)の降(ふ)ることも、また黒(くろ)き雪のふること
もありとぞ、かゝる雪の降(ふ)るは実(じつ)に怪(あや)しく凶変(けうへん)
の兆(しるし)なりなどゝ|思(おも)ふなれども、然(さ)るものにはあ
らで顕微鏡(けんびきよう)にて吟味(ぎんみ)すれば。誠(まこと)に微細(びさい)なる苔(こけ)の、
雪(ゆき)の中(なか)に生(をひ)たるを見或(みあるひ)はまた微細なる虫(むし)の群(むら)
がりて、紅緑等(べにみどりとう)の色を顕(あらは)すをみるといへり、しか
れば雪の紅或(くれなひある)は緑(みどり)なるは雪の色(いろ)にはあらで苔(こけ)
或(あるひ)は虫(むし)の色(いろ)と知(し)るべし
血(ち)の雨並(あめならび)に茶色(ちやいろ)の氷(こほり)のこと
西洋(せいよう)にて血(ち)の雨(あめ)の降(ふり)たることあり、皇国(みくに)にても天(てん)
平(びよう)三年|紀伊(きい)の海水血(かいすゐち)に変(へん)じ、長禄元年(ちやうろくぐわんねん)五月|猿沢(さるさは)
の池水血(いけのみづち)となりたることあり、これらは誠(まこと)の血(ち)に
あらざりしことは論(ろん)ずるにも及(およ)はず、前(さき)に言(い)へる
紅(くれなひ)の雪(ゆき)に同(をな)じく微細(びさい)なる虫(むし)の、雨或(あめあるひ)は水(みづ)の中(なか)に
群(むらが)り生(せう)じたるなるべし、紅海(かうかい)といふ海(うみ)の水紅(みづくれなひ)な
るも「おすしらりや」と名(な)づくる植虫(しよくちう)の一種夥(いつしゆおびたゞ)し