翻刻
二人相伴(ふたりあひともな)ひて立(たて)り、都(すべ)て両人(ふたり)の為(な)すところ巨人
必(かなら)ずこれをなせり、此山(このやま)には折々(をり〳〵)かゝることあり
て、土人(どじん)はこれを「ぶろけん」山(やま)の幽鬼(ゆうき)といふ、かゝ
る怪(あや)しき物(もの)の顕(あらは)るゝは、何(なに)の理(り)ぞといふに、雲霧(くもきり)
の反照(はんせう)するに由(よつ)て顕(あらは)るゝなり、これは天変地異(てんべんちい)
に説(と)けるが如(ごと)く、雨(あめ)の水滴日(みづたまひ)の光(ひかり)を反照(はんせう)して虹(にじ)
を見(あら)はし、空(そら)の氷(こほり)《割書:空の氷のことは委しく|天変地異に見へたり》日(ひ)の光(ひかり)を
反照(はんせう)して、数多(あまた)の月日(つきひ)を顕(あらは)すも同(おな)じ理(り)にして、雲(くも)
霧(きり)も水気(すゐき)の稍凝(やゝこ)れるものなれば、よく物(もの)の影(かげ)を
返照(はんせう)すべし、只日(たゞひ)のさし向(むか)ふにあらざれば、影(かげ)を
顕(あらは)すことなし「へえん」の此山(このやま)に登(のぼ)りしは朝(あさ)日の出(いづ)
る頃(ころ)にて、日影(ひかげ)「ぶろけん」山を隔(へだ)て雲(くも)に映(うつ)れる時(とき)
その雲(くも)と日とのあいだに在(あり)しが故(ゆゑ)、己(おのれ)の影の雲
に映(うつ)れるものにて妖怪(ようくわゐ)などにてはあらざりし
なり、人(ひと)より雲までの遠(とほ)さは三十|町(てう)ばかりも在(あり)
て、其影(そのかげ)の長(なが)さは五六百|尺(しやく)ばかりにも顕(あらは)れしと
いふ、また昔時雄略天皇葛城(むかしゆうりやくてんくはうかづらき)山に登(のぼ)らせ給ひし
時(とき)、百官皆紅(ひやくくはんみなくれない)の紐(ひも)を付(つけ)たる青摺(あをずり)の服(ふく)を着(つけ)て御供(おんとも)