翻刻
れば忽(たちま)ちに他(た)の所へ移(うつ)り去(さ)ること、武蔵野(むさしの)の逃水(にけみつ)
の如(ごと)し、実(げ)にも怪(あや)しく不思議(ふしぎ)なるやうなれども、
これも蜃気楼(しんきろう)と同様(どうよう)の理会(りやひ)にて、空気(くうき)の反照(はんせう)し
たる影(かげ)なれば見所(みどころ)によりて見へもし隠(かく)れもす
るものにて、真(しん)の山|地清水(ちしみづ)などの遷(うつ)り変(かは)るもの
にあらず、また昔時信濃国園原(むかししなのゝくにそのはら)といふ所に箒木(はゝきゝ)
といふものありて、遠方(ゑんはう)より見(み)れば、箒(ほほき)を立(たて)たる
が如(ごと)くみゆるに、其(その)ところに到(いた)れば其木(そのき)のある
を見(み)ざりしと云(い)へり、是(これ)も前々(さき〳〵)の理会(りやひ)に同(おな)じか
るべし
傾(かたふ)きたる日(ひ)の再(ふたゝ)ひ
昇(のぼ)る事(こと)
昔平(むかしたいら)の清盛厳島(きよもりいつくしま)の神殿(しんでん)を
造営(ぞうえい)せられし時(とき)、入(いり)かゝり
たる日(ひ)を招(まね)き返(かへ)したりと
いふことあり、甚(はなは)だ信(しん)
ずべからざること
なれども、已(すで)に傾(かたふ)き