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翻刻
非也。其山ハ蝦夷国ノ西海中ニ在。リイシリ。ナルベシ。三国
接壌ノ小図ヲ見テ方位ヲ知ベシ
船乗ノ詞ニ。根ノアル雲ヲ。ワウレウト云テ山アル方ヲ知也
蝦夷国ノ西方ハ漫々タル大海ニシテ更ニ国ナシ然レドモ
蝦夷ノ。ハボロ。ウヱベツ。等ヨリ西南ニ当テ希ニ。ワウレウ。
ヲ見コトアリ是ハ朝鮮山ナリト云伝フト語レリ。此言。中レ
リト思ハル是又小図ヲ見テ知ベシ
坪ノ碑ニ五方ノ行程ヲ記シテ。去蝦夷国界一百二十里ト刻
メリ《割書:坪ノ碑ハ古ノ多賀城ノ門碑也今ノ仙台|宮城郡市川村ハ其城趾也古碑猶存在ス》此時代ハ小
道ニテ今ノ六町ヲ以テ一里トシタルコトナレバ《割書:一町ハ六|十間。一間》
現代語訳
[違う。]その山は蝦夷国の西海中にある利尻島であるべきである。三国接壌の小図を見て方位を知るべきである。
船乗りの言葉に、根のある雲を「ワウレウ」と言って、山がある方を知るという。蝦夷国の西方は漫々たる大海であって全く国はない。しかし蝦夷のハボロ(羽幌)、ウヱベツ(上別)等より西南に当たって稀に「ワウレウ」を見ることがある。これは朝鮮の山であると言い伝えられていると語った。この言葉は当たっていると思われる。これもまた小図を見て知るべきである。
坪の碑に五方の行程を記して「去蝦夷国界一百二十里」と刻んである。《割書:坪の碑は古の多賀城の門碑である。今の仙台、宮城郡市川村はその城跡である。古碑なお存在する》この時代は小道にて今の六町を以て一里としたことなれば《割書:一町は六十間。一間は…》