翻刻
【右丁】
むなしくあたら月日ををくり侍るへきこ
のたひ仲太かいとくをこなはすはいかてか
侍従のきみかさきたちたるしやうと【浄土】には
いたるへきとおもひさため給ひてあるとき
大なこんとのさんたいし給ひたる御留主に
横川のそうつ【僧都】をしやうし【請じ=招き】たまひてみつ
からこときのをんなの身は五しやう【五障…女性がもっている五種の障害。次の15コマを参照】三しう【三従 注①】
の雲あつうしてしんによの月【注②】はれかた
く侍るよしうけ給はれはなけきても
なを【「ほ」とあるところ】あまりありねかはくはいかなるを
【左丁】
こなひをもしてこのたひしやうしのる
てん【しょうじ(生死)の流転 注③】をまぬかれたく侍るわれらこときの
ものゝのち世をたすかることさふらはゝ御
しめしにあつかりたく侍るなりとのた
まへはそうつきこしめされてこはあり
かたき御こゝろさしにこそ侍れそれ三かい【三界】
はくかい【苦海】なりまた猶如火たくともとかれ
てへんし【片時=少しの間、かたとき】もやすきことなしたうりまにてん【意味不明】
のたのしみもをよそかきりありつゐには六道
にりんゑ【「りんね(輪廻)に同じ】すへきことかへす〳〵もなけかし
【注① 女性が従うべきとされた三つの道。幼きときは父母に従い、少(わか)きときは夫に従い、老いたるときは子に従う。】
【注② 真如の月=名月の光が闇を照らすように、真理が人の迷妄を破ること。】
【注③ 衆生が、その業因によって生死の迷界を限りなく輪転し浮沈する意】
現代語訳
【右丁】
むなしく貴重な月日を送ってしまうでしょう。この度、仲太が徳を積む修行をしなければ、どうして侍従の君が先立って浄土に到ることができるでしょうか」と決心なさって、ある時、大納言殿が参内なさった留守に、横川の僧都をお招きになって、「私ども女性の身は五障三従の雲が厚く覆って、真如の月が晴れがたく思われます。嘆いてもなお余りあります。願わくは、どのような
【左丁】
修行をしても、この度生死の流転を免れたく存じます。私どものような者の後世を救うことがございましたら、お教えに与りたく存じます」と仰せになると、僧都はお聞きになって、「これはありがたい御心がけでございます。それ三界は苦海であり、また『猶如火宅』と説かれて、片時も安らかなことはありません。忉利天の楽しみもわずかな限りがあり、ついには六道に輪廻すべきこと、返す返すも嘆かしい
英語訳
【Right page】
would spend precious days in vain. This time, if Nakata does not perform virtuous deeds, how could Jiju-no-kimi precede him to the Pure Land?" Having resolved this, one day when the Great Councilor had gone to court, she invited the Sōzu (high-ranking monk) of Yokawa, saying, "We women are heavily shrouded by the clouds of the Five Obstacles and Three Submissions, and the moon of True Suchness is difficult to clear. Even lamenting is insufficient. I earnestly wish, through whatever
【Left page】
religious practice, to escape the cycle of birth and death this time. If there is salvation in the afterlife for people like us, I would like to receive your guidance." When the Sōzu heard this, he said, "This is indeed an admirable disposition. The three realms are an ocean of suffering, and as it is taught 'like a burning house,' there is not a moment's peace. Even the pleasures of Tōriten Heaven have their limits, and ultimately one must transmigrate through the six realms - this is truly lamentable