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コレクション: STAGE3

安政見聞誌 下 - 翻刻

安政見聞誌 下 - ページ 13

ページ: 13

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△北品川宿弐丁目宗助 地借旅籠屋(ぢかりはたごや)渡世 倉田(くらた)屋なる娘(むすめ)つね事当年 十五才也十月二日夜 地震(ぢしん)に付南品川海徳寺 境内(けいたい)へ立退(たちのき)候処同八日夜 白(はく) 髪(はつ)の老人(らうしん)顕(あら)はれ同十一日 頃(ころ)にて水火(すいくわ)の難最危(なんもつともあやう)し汝至直(なんぢしいちよく)のものに付危 難を逃(のが)さしむ其 證(あかし)に是を与(あた)へ置べし所持なして横災(わうさい)を脱(のが)れよと いふよと思へば正(まさ)に夢中(むちう)にして手に一ツの羽団(はうちは)を持たり余りの不思儀により 此趣き御 代官(たいくわん)へ訴(うつたへ)となりしも又 奇(き)といふべし △浅草八軒寺町  曹洞派禅宗  天竜山  玉宗寺 十月二日夜地震にて本堂 僧房(そうばう)其外 揺潰(ゆりつぶれ)其上 焼失(せうしつ)一物も残る品なし 其後焼跡取片付たるに悉焼亡(こと〴〵せうぼう)の処左の位牌(いはい)のみ残ること又奇也 【位牌の内容】           是は当寺 旦那(だんな)千石余御 旗本(はたもと)也    年号月日           御 霊牌(れいはい)のよし是のみ残る所甚だ  妙諦院實相貞観大姉        奇妙(きめう)といふべし △馬場先御門(はゝさきごもん)御囲(おんかこい)丹羽長門守様(にはなかとのかみさま)藩中(はんちう)  山口秀平(やまくちしうへい) 右は同 所(しよ)御 固役(かためやく)にて有しが此度の地震にて御 見附櫓(みつけやぐら)幷に見(み)張 御番所共揺|潰(つぶし)其上 類焼(るいしやう)なしぬ然に右 秀平(しうへい)と云人 地震(じしん)よと 見るより火の元をしめさんと立出(たちいづ)ると等(ひと)しく番所揺崩(ばんしよゆりくづ)れ梁(はり)落 右の腕を敷 込(こま)れせんかたなきまゝ声(こえ)を立(たて)同役(どうやく)をよぶに皆々火を除(ふせき) 居る折(をり)なれば壱人も来る者なし是(これ)によりて只必死(たゞひつし)と覚(かく)悟を 定死を待居る所(ところ)へ忰(せがれ)馳来(はせきた)り此 体(てい)を見(み)るより大におとろき 急(きう)に上なる棟木 緒材木(しよさいもく)を取(とり)除る間(うち)はや火炎(ひのこ)頭上(つじやう)に ふりかゝりすくふべきいとまなしこゝにおいて秀平(しうへい) 忰にしめして曰今斯(いはくいまかゝ)る急変(きうへん)にのぞみ我をすくはんと する時は父子(おやこ)ともにこゝにて焼死(やけし)すべし我(われ)よしや 片腕(かたうて)を失ふともおめ〳〵こゝにて焼(や)け死なんは いふがひなく思はるれば汝(なんじ)この腕を切捨(きりすて)くれよと 云(いふ)にせかれは悲歎(ひたん)にせまり何条(なんぞ)父に刃(やいば)を中らる べき此 義(ぎ)は免(ゆる)したまへと詫(わび)たれば秀平いかり此 場(ば)に臨(のぞみ)て父を非業(はがう)に殺すこと子たるの道(みち)にあらず 急(いそき)切捨よ其上にて為容有(せんせうあり)疾々(とく〳〵)と急(いそが)しける故 忰(せがれ)は 泣々(なき〳〵)刀(かたな)を抜(ぬき)えいと声かけ腕(うて)を切落(きりおと)しけるに父(ちゝ)は苦痛(くつう)の体もなく 火の中を潜(くゝ)り抜(ぬけ)親子(おやこ)もろ共(とも)危(よへとき)を脱(のか)れたり此事太守聞し召(め)給ひたとひ父(ちゝ)の身(み)に 刀をあつる共(とも)一命(いちめい)を救る事尤(もつとも)也とて弐人 扶持(ふち)を加増(かざう)の上 数多(あまた)の褒美(ほうひ)を賜(たまは)りしとぞ  一登斎 芳綱画