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コレクション: STAGE3

安政見聞誌 下 - 翻刻

安政見聞誌 下 - ページ 16

ページ: 16

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相対済(あいたいずみ)となる〇同十四年日光御社参有〇弘化三未年七月下総江戸近 在大水吉原日本堤へ水 溢(あふれ)上り小塚原大地蔵尊首まで水来り一円海の如く 両国永代往来止り又近在村〻家流れ死亡人有に依て江戸舟持へ役舟を 申付られ救船出馬喰町郡代屋敷へ連来る〇嘉永二年三月小金御鹿狩有 〇同四年八月三日大雷一夜鳴通し御府内計百六ケ所落る△同五子年イキリス船 長崎へアメリカ船相州浦賀へ来る依て諸侯へ命じ海岸御固有又品川の海中へ 砲台場(ほうたいば)出来る〇同七年五月ヲロシヤ舟大坂へ来る〇安政元年 蝦夷地(えぞち)御 開発(かいほつ)ある 〇同二年十月二日此度の大地震なり凡泰平の世に生れ来て目に珍らしきを 好む中にも異国の人を見西洋の鉄炮或は蒸気(じやうき)船を作り又は具足して往来は 大筒を車にて町々を牽(ひく)なんどは故人もいまだ知ざる珍事を今眼前に見ることは 是また一ツ苦の中の楽(たの)しみと思ひめぐらせば前代の人よりも勝(まさ)りたる幸ひと 歓楽艱難(くわんらくかんなん)のありさまを後の人に知らせんと半紙を汚(よご)して記すにこそ      上野黒門町   熊野牛主所次所 覚泉院召仕 加祢 右は去十月二日夜地震にて其住居 揺潰(ゆりつぶれ)其身も崩家(くづれや)の下に相成候て一身(そうみ)に十 余ケ所の疵(きづ)を受しきりに苦痛(くつう)たへがたく候へども主人の安否(あんぴ)心 許(もと)なく非力(ひりき)の 女 業(わざ)ながら板材木をはねかへし猶又かすり疵を受やう〳〵崩所の下を潜出(くゞりいで) 候処 隣家(となり)より火災(くわじ)おこり候ゆへ大におどろき主人を救(すくい)出さんと木 瓦(かはら)を 取除(とりのけ)居候所に同所黒門丁名主助右衛門 通懸(とふりかゝ)り候に付大声を以よびとめ 加勢致くれ候やう申に付右助右衛門義は我家(わかや)の事も心懸りに候へ共眼前 気毒(きのどく)なる義ゆへ助力いたし崩所を取払居候うち下谷長者丁喜兵衛 湯島御そうじ丁正兵衛同居吉五郎等通りかゝり候ゆへ右の両人を呼とめ 赦の義を相頼 各力(おの〳〵ちから)を合し潰所(つぶれしよ)を掻除(かきよけ)主人覚泉院同人母なを娘とく 三人を赦ひ出し候処何れも怪我(けが)いたし居候に付各 無為方(せんかたなく)いかゞに致やと 示談(じだん)の間(うち)火勢 益強(ます〳〵つよ)く炎(ひのこ)は雨のごとく降懸(ふりかゝり)候ゆへ右喜兵衛申候は我等は浅草迄