翻刻
帰路(かへるき)にて我家の治定(ぢぜう)計リがたく候へ共 危急(ききう)の義捨置がたく候に付 一旦(ひとまず)我方へ引上
其上 左右(ともかくも)相成て申旨申すにより一同安心いたし覚泉院等三人共 介抱(かいほう)致喜兵衛
へ連退稍(つれのきやゝ)安心致居候うち右かね義は其身の苦痛(くつう)さへいとはずやうぜういたさせに内
種々心配(いろ〳〵しんはい)喜兵へ方の雑事(ぞうじ)迄相助け其後親類方へ引取候迄の誠忠御感(せいちうごかん)の
あまり銀十五枚御ほうび下され右助右衛門喜兵衛吉五郎等は御召出しにて
御ほめに預りたり如此誠忠 実情(じつぜう)等は後世の鑑(かゝみ)なるゆへ爰(こゝ)にしるす
△下谷御すき屋丁 搗(つき)米屋藤兵衛下介与介といふもの右地震にて主家は大破損
なる上近火にて同士(はうばい)等 狂気(きちがい)のごとく成候|内(うち)右与介は我所持の品々はな紙一枚迄も
残(のこり)なく一ト包となし主人 同士(はうばい)にも告す其侭(そのまゝ)本国 野州(しもつけ)阿久津(あくつ)へはせかへりけり
是いかなる心ぞや譬(たとい)地震 火災(くわじ)を恐(おそ)るゝ共其夜計りは主家の助力(じよりき)をなし次日
一同へ子細(しさい)を告(かたり)暇乞(いとまごい)して送る共 遅(おそき)にあらず右かね女と此与介の行状(ふるまい)
を以見るに主を救(すく)ふと捨(すて)ると黒白(こくびやく)の論(ろん)ともいふことならん
△竹葉舎金瓶説話凡世界の内不思議有か故に神仏の加護
天の感応等有て禍(くわ)福去来し勧善 懲(ちやう)悪自然に備はるものか
さるを蛮(ばん)夷の風義究理に染みて諸事 怪(あや)しむに足らすとせは又
仏神の利益もあるべからす依て予は不思議も又聞事左にあらはす
△予が知れる人の娘此地震十四五日前下谷辺の富家へ奉公に出しか
或夜亡父を夢に見る此父これに示していふ汝此処に居ること勿れと斯
夢見る事 両(ふた)夜なる故奉公の透を見て母の方へ来り其夢の趣を
咄し暇を乞んと相談すれと母是を諾さす汝か心に彼家を嫌ふが
故に然る夢も見るものにて有なるべし未だ引越して程もなく暇を
乞も便なさ所為殊に出入の失費も少なからざる事なりと叱(しか)りて
返せし翌日に既に彼の大地震にて怪我をせざるか翻【読み:こぼ】れ幸福衣類
手道具丸焼になりしと其老母の物語是も一つの不思議ならすや