翻刻
△又浅草観世音雷神門の木像見えす神通地震を知る故に逃出たる
ことの評判高く此時に別当所より彼処に貼紙なし全く木像修覆のため
仏師屋へ遣はしたりと実を示(しめ)して虚(きよ)説をば止めしと聞く然れとも木像
自然の神通ありて粗此地震を知るか故に修覆の為に仏師屋へ往も
人手をかりて逃たりとせば是もまた一奇事なり
△同所本堂の裏の方に誰か納めたるか委敷知らねと木馬壱疋有
けるか此馬翌日能々見れば四足 泥(どろ)に汚(よご)れたりと是観音の乗らせ
られて出給ひしに疑ひなしと其取沙汰専なり是も一ツの奇(き)談なり
因にいふ往古宝永四年不二山大に焼て夫より宝永山といふもの
出来たりと聞く其時のことゝかや彼山焼しづまりて後不二浅間の
社前にある二疋の木馬一疋見へす是は不思議と見る人聞く人
僉(みな)怪しまさるはなかりけり程過て此風聞追々に高くなると三穂
明神の官主より使ひ来りて申やうは山焼の後 浅間(せんけん)の社前の木馬
見へざるよし然るに此方三穂明神へ誰人の持来るや木馬一疋来り
あり彼是人を尋るに納めたりといふ者なし若(もし)や其方(そなた)の木馬に在(あ)
らずやと知らせによりて往見(ゆきみ)れば相違なき故 持帰(もちかへ)り又浅間の前
に置に何時(いつ)の間にやら三穂明神の社前に帰り在しとなん是に
依て神所為(かんわざ)ならんと其由(そのよし)公(おほやけ)へ訴(うつた)へ申し今猶三穂の神前にその
木馬を繋(つな)ぎ置 修覆(しやふく)の料(れう)も寄付(きふ)有しと是も一つの証拠(しようこ)と
なさば浅草の木馬も又不思議なしともいひ難し
といふ眼鏡屋(めがねや)に三尺有余の磁石(じしやく)を所持(しよぢ)す
然るに彼の二日の夜五ツ時頃とかや彼石に吸つけ置たる古釘(ふるくぎ)古錠(ふるぢやう)
其外 鉄物(かなもの)悉(こと〴〵)く落たりとなん亭主は見るより大きに驚き我 強(あながち)に
此石を売んとは思はねども見世(みせ)の看板(かんばん)或ひは又 珍(めづ)らしく大きなる故