翻刻
△御蔵前の水茶屋にて或人|駕籠(かご)に乗(のり)来り休息(きうそく)の後 腰掛(こしかけ)より
又乗出すその時に駕籠舁杖(かごかきつえ)を建(たて)たる跡(あと)より水少し湧(わき)出しが亭主(ていしゆ)
不思議に思ひければ息杖(いきづえ)の穴(あな)を掘穿(ほりうがつ)に水ます〳〵吹出し其日の
内に地辺を湿(うる)ほし駒下駄(こまげた)ならでは歩行(ある)かれず依て井輪(いどがは)を伏(ふせ)しと也
然るに此 場所(ばしよ)は御改革前喜八団子(ごかいかくまへきはちだんご)の庭(には)にて堀井戸(ほりいど)の在たりしが
取払(とりはら)ひに成たる節 埋立(うめたて)し跡のよし是地震前地気|満(みち)て古き水 筋(すぢ)
水気|満(まし)て斯(かく)吹出しものと覚ゆ其外に跡所井戸の水増たる話(はな)し多く聞ば
心得有べき事なりけり
因に云信州の咄しを聞に地震後井の水 減少(げんせう)なし呑水(のみみづ)を争(あらそ)う
が故に縣守(あがたもり)より役人出(やくにんいで)井戸 毎(ごと)に付添(つきそひ)て一人をして一ト手桶(ておけ)ツゝ 順(じゆん)を
立て汲(くま)せしとかや是又土地の替る故かゝる事も有べきなれば一様(いちやう)には
云難(いひがた)けれど何(いづ)れも地変(ちへん)の瑞(ずい)なれば是又心得置べきなり
△予が友中村大作は十月朔日に 一筆庵英寿画【葊:庵の異体字】
所用ありて下総の中山へ参る
尓(しか)るに次の二日の夜右の地震也
因之下人十介に命(いゝつけ)置其まゝ
江戸へ馳(はせ)かへりける尓(こゝ)に十介
は要事(やうじ)を粗(あら〳〵)にとゝのへ五日の
未下(七ツすぎ)より中山を立出いそぎに
急でかへりけれど自然(おのづから)時うつ
りて本所押上まで返る比は
夜 亥(よつ)の下(すぎ)刻となりぬ此とき
十介は大に疲(つかれ)最教寺(さいけうじ)の南
方野道に腰(こし)を居(かけ)しばし