みんなで翻刻ver1

コレクション: STAGE3

安政見聞誌 下 - 翻刻

安政見聞誌 下 - ページ 20

ページ: 20

翻刻

△御蔵前の水茶屋にて或人|駕籠(かご)に乗(のり)来り休息(きうそく)の後 腰掛(こしかけ)より 又乗出すその時に駕籠舁杖(かごかきつえ)を建(たて)たる跡(あと)より水少し湧(わき)出しが亭主(ていしゆ) 不思議に思ひければ息杖(いきづえ)の穴(あな)を掘穿(ほりうがつ)に水ます〳〵吹出し其日の 内に地辺を湿(うる)ほし駒下駄(こまげた)ならでは歩行(ある)かれず依て井輪(いどがは)を伏(ふせ)しと也 然るに此 場所(ばしよ)は御改革前喜八団子(ごかいかくまへきはちだんご)の庭(には)にて堀井戸(ほりいど)の在たりしが 取払(とりはら)ひに成たる節 埋立(うめたて)し跡のよし是地震前地気|満(みち)て古き水 筋(すぢ) 水気|満(まし)て斯(かく)吹出しものと覚ゆ其外に跡所井戸の水増たる話(はな)し多く聞ば 心得有べき事なりけり   因に云信州の咄しを聞に地震後井の水 減少(げんせう)なし呑水(のみみづ)を争(あらそ)う   が故に縣守(あがたもり)より役人出(やくにんいで)井戸 毎(ごと)に付添(つきそひ)て一人をして一ト手桶(ておけ)ツゝ 順(じゆん)を   立て汲(くま)せしとかや是又土地の替る故かゝる事も有べきなれば一様(いちやう)には   云難(いひがた)けれど何(いづ)れも地変(ちへん)の瑞(ずい)なれば是又心得置べきなり △予が友中村大作は十月朔日に        一筆庵英寿画【葊:庵の異体字】 所用ありて下総の中山へ参る 尓(しか)るに次の二日の夜右の地震也 因之下人十介に命(いゝつけ)置其まゝ 江戸へ馳(はせ)かへりける尓(こゝ)に十介 は要事(やうじ)を粗(あら〳〵)にとゝのへ五日の 未下(七ツすぎ)より中山を立出いそぎに 急でかへりけれど自然(おのづから)時うつ りて本所押上まで返る比は 夜 亥(よつ)の下(すぎ)刻となりぬ此とき 十介は大に疲(つかれ)最教寺(さいけうじ)の南 方野道に腰(こし)を居(かけ)しばし