翻刻
△深川寺町辺は崩家尤多し伊勢屋某の倉三ヶ所 揺(ゆり)落し土瓦は山のごとし
急に取片付んと思へども今度の騒乱(そうらんハ)前代 未聞(みもん)なるゆへ人夫等もなく五日の間捨置
けれど往来も成がたきゆへやう〳〵人をやとひ土瓦を取除(とりのけ)させけるに一人の男を堀
出しけり各(おの〳〵)大におどろき是を引出しけるに暫(しばし)有て此男目をひらき辺(あたり)を見廻し
爰は何処(いづこ)なるぞと云に皆々 弥(いよ〳〵)あきれ夫より土中に有し体を尋るに土蔵の土の
落て押伏られしまてはおぼへあり其後の事をしらずといへり又はせ川丁本所にも
同容のことありて是も恙(つゝが)なし凡此度の天変に付 焼亡(せうぼう)等の非業(ひがう)幾万人と
いへる員(かづ)をしらず是等は前世よりの応報(おうばう)にして脱(のがれ)がたきもの也 尓共(されど)右のごとく
土中に埋(うつもれ)て日数をふれ共 安体(あんたい)なるもの有是又 善果(ぜんくは)の因縁(いんえん)にしていかなる死地
に入とも生命を失ふことなし今眼前(めのまへ)の証拠(せうこ)あり八丁堀北島丁質屋某は引抜(ひきぬき)一軒 潰(つぶれ)
家倉 微塵(みぢん)となり怪我人もあり其両 隣(となり)は安全にして瓦(かはら)一枚落ることなし是いか成因
ぐはにて差別有地震なるぞ右両隣は善行(ぜんげう)の人なるものとすいれうし給ふべし
△今度地震より火災(くはじ)の中によしはら
江戸丁 某(なにがし)といへる亡八(ちよろうや)の主は頓智(とんち)の
体にて火難(くわなん)を脱(のがれ)ん為に穴蔵へ
十四人の遊女を入其身もはいりふたを
させ安全の体也 偖(さて)火しづまりて
ふたを明中を見るに何れも残(のこり)なく
死(しゝ)居たり各忙然(ばうぜん)として惘(あきれ)るのみ
此義よき量(はかりこと)ににたれ共大に愚(おろか)也
夫魚は水中に居て水をしらず人は気中(きのうち)に
住(ぢう)して気をしらず若(もし)人水中に落入水を
多く呑て腹(ふく)中気の満(みつ)る時は死(しす)又上しも
気の通(つう)じなき時は死(しす)右穴蔵は木金等の類