翻刻
同廿四日豆州三島之駅ニ而御承知同所ゟ御帰府候由
又藤四郎か説に普賢山六月朔日又々最初焼出候場所
之外に一ケ所吹出し在之城内迄砂降候由焼下候穴廻に段
々焼致候砂石転落之節に候哉焼等吹出夜中は火気相見へ
候事なと有之候得とも至而軽き事に有之候由
又云先達而山温吹出候前山崩跡余り尖々相成候故今以
折砂石崩落申候今度之鳴動震動も少しは在之候由
又云此度之異変に市町にて希有に助命之者有之一人は
津浪ニ而家をひかれ海上七里在之肥後国長洲へ右家之侭
暫時に漂着致候所又大浪に打返され沖へ出る事両度三
度目に家も無難にて長洲の浜へ打上られ聊の怪我も無候
よし今一人は山?にて海上へ押出し一里余の洲崎やまのことく
成所を打越南之方三里程脇の浜へ上り是又怪我も無候由
此者最初は子供の手を引家を出候所都而夢の如くに成
何方にてか子供をは失ひ候よし右之通家屋敷家財道具
妻子等も失ひ候へは?之方も無之に付当時は城内の小使に
?置候由彼者物語に死亡に及候者も皆夢のことくにて
覚え有之間敷と申候由