翻刻
かわりしものは新参にて殊ニ壮年十八才なり然に大地震ニて
迚も命はなきものと覚悟きわめ柱に然与取付居し
処八方に火起りけるゆへしらせの太鼓打ならし追々
おをかけ太鼓打切是ゟ所々御同役にて打出せし由
其後何れより太鼓打初メし哉御調へありしに御茶
水にて打候を承り打候およし所々にて申上候によつて
右 召出され御誉ニ相成下田歟箱館へ転役被
仰付候よし又御茶水 某はかゝる大変の場
に至り懈怠なく勤役せしを褒美にも及ばす差
置候段不束之至りの由ニて遠慮被 仰付候哉ニ風聞
梅?彦鉄
兼而御触ありし江府諸寺の釣鐘御鋳潰し可有由
十月三日与定りしに二日夜地震ニて其御沙汰今ニなし
戯歌ニ
つく度に花をちらせし咎ならん今はたゝらに
入相のかね
吉原妓楼さの槌抱のうかれめ黛といふ妓幼年にして
父母にわかれ日ころ逢たきよし思ひ暮せし処今度
の大変にて廓中焼亡し山の宿ニ仮宅す此節江戸中
所々に御救小屋建られ窮民を置れける黛爰におゐて
数多の内には父母もいます事もあらんと仮宅勤中は曲輪
とは衣裳髪飾も省略故是を代(しろ)なして土鍋数多く
買求メ御小屋の人々へ施行さし出しける事御聞に
達し尾褒美頂戴す 父母には逢しか逢さる歟不知 此節
川柳愚風
親はしらず先ツめくり逢ふ施行時 キタ信郎
施こした鍋は筑摩の客の数 愚