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【右丁】
とは不 敵(てき)なり四天王(してんわう)の輩(ともがら)きやつ討取(うちと)れと下知(けじ)すれば延寿(ゑんじゆ)丸 黴効散(ばいこうさん)心得(こゝろへ)
たりと飛(とび)かゝり手取(てど)りにせんと追廻(おいまは)る内(うち)二人(にゝん)の姿(すがた)は影(かげ)の如(ごと)く濛々(もう〳〵)として
消失(きへうせ)たり淳直(じゆんちよく)是(これ)を見(み)て是(これ)彼(かれ)が妖術(ようじゆつ)なり黴効散(ばいこうさん)早(はや)く煙(けむ)りを挙(あげ)
よと云(い)ふ下(した)より黴効散(ばいこうさん)は天(てん)に向(むか)ひ一条(いちじやう)の烟(けむり)を吹(ふき)かくれば順才貪欲(じゆんさいとんよく)
隠(かく)ること能(あた)はず異形(いぎやう)の姿(すがた)を顕(あら)はし雲(くも)を起(おこ)して逃(にげ)んとするを延寿丸(ゑんじゆぐわん)
黴効散(ばいこうさん)猿臂(ゑんぴ)を延(のば)して二人(ににん)をとらへ一(ひと)しめしむれば七穴(しちけつ)より鮮血(せんけつ)
を流(なが)し眼(まなこ)飛出(とびいで)手足(てあし)をもがひて死(し)したりけり此(この)ありさまに国(こく)
王(わう)は驚(おどろ)き且(かつ)喜(よろこ)び某(それがし)不 明(めい)にしてかゝる妖怪(ようくはい)共(とも)しらず信愛(しんあい)せし
事の愧(はづかし)さよ両将(りやうしやう)の武勇(ぶゆう)によりて亡(ほろ)び失(う)せたるは国(くに)の吉事(きちじ)軍神(ぐんじん)
の血祭(ちまつ)り共(とも)ならん賀(が)すべし〳〵且(かつ)先程(さきほど)よりの論討(ろんとう)を承(うけたまは)るに先生(せんせい)の
高才(かうさい)測(はか)るべからず疑念(ぎねん)全(まつた)く解(とけ)畢(おは)りぬ今(いま)よりは先生(せんせい)を以(もつ)て黴賊(ばいぞく)
【左丁】
征伐(せいばつ)の大元帥(たいげんすい)となさん諸君(しよくん)も是迄(これまで)の好(よし)みを忘(わす)れずおり〳〵来(きたり)て軍(ぐん)
配(ばい)を助(たす)け玉(たま)へと云(い)ふに皆々(みな〳〵)威儀(いぎ)を改(あらた)め此儀(このぎ)尤(もつとも)然(しか)るべし我々(われ〳〵)は一先(ひとまづ)引(ひき)とり
万一(まんいち)合戦(かつせん)難儀(なんぎ)の事(こと)もあらば速(すみやか)に集(あつま)らんと国王(こくわう)淳直(じゆんちよく)等(とう)に暇(いとま)を告(つ)
げ各国(かくこく)へと帰(かへ)り去(さ)る淳直(じゆんちよく)は国主(こくしゆ)に向(むか)ひ今日(こんにち)より元帥(げんすい)の任(にん)を受(うく)
れば万事(ばんじ)我(わ)れにまかせ玉(たま)へ古語(こご)に云(い)へる如(ごと)く軍陣(ぐんじん)に臨(のぞ)みては君命(くんめい)
も聴(きか)ざる事あり軍事(ぐんじ)に付(つい)て主公(しゆこう)の異論(いろん)あるべからず兵(へい)は神速(しんそく)を
貴(たつと)ぶといへば是(これ)より直(すぐ)に国中(こくちう)を巡見(じゆんけん)し其(その)容体(ようだい)を察(さつ)し合戦(かつせん)を
始(はじ)むべしと国主(こくしゆ)の近臣(きんしん)を案内(あんない)とし脈道(みやくどう)【脉は俗字】を始(なじ)め腹部(ふくぶ)頭面(づめん)唇舌(しんぜつ)等(とう)の
諸道(しよどう)を巡行(じゆんこう)して切所(ぜつしよ)要害(ようがい)賊軍(ぞくぐん)の屯(たむろ)する所(ところ)迄(まで)尽(こと〴〵)く見定(みさだ)め王城(わうじやう)
に帰(かへ)りて国主(こくしゆ)に是(これ)を奏(そう)し明日(めうにち)より合戦(かつせん)を催(もやう)さんと其(その)用意(ようい)をぞ急(いそぎ)ける
黴瘡軍談(ばいさうぐんだん)二の巻(くわん)終(おわり)
現代語訳
【右丁】
とは不敵なり。四天王の輩よ、奴らを討ち取れ」と下知すれば、延寿丸・梅効散は「心得た」と飛びかかり、手捕りにせんと追い回すうち、二人の姿は影のように濛々として消え失せた。淳直これを見て「これは彼らの妖術なり。梅効散よ、早く煙を上げよ」と言う。下より梅効散は天に向かい一条の煙を吹きかけると、順才・貪欲は隠れることができず、異形の姿を現し雲を起こして逃げんとするを、延寿丸・梅効散が猿臂を伸ばして二人を捕らえ、一締めすれば七穴より鮮血を流し、眼が飛び出で手足をもがいて死んでしまった。この有様に国王は驚き、かつ喜び「それがし不明にして、かかる妖怪どもを知らず信愛せし事の恥ずかしさよ。両将の武勇によりて滅び失せたるは国の吉事、軍神の血祭りともならん。賀すべし賀すべし。かつ先程よりの論討を承るに、先生の高才測るべからず。疑念全く解け終わりぬ。今よりは先生を以て梅賊
【左丁】
征伐の大元帥となさん。諸君も是迄の好しみを忘れず、折々来たりて軍配を助け給え」と言うに、皆々威儀を改め「この儀もっとも然るべし。我々は一先ず引き取り、万一合戦難儀の事もあらば速やかに集まらん」と、国王・淳直等に暇を告げ各国へと帰り去る。淳直は国主に向かい「今日より元帥の任を受ければ、万事我にまかせ給え。古語に言える如く、軍陣に臨みては君命も聞かざる事あり。軍事について主公の異論あるべからず。兵は神速を貴ぶ」と言えば「これより直に国中を巡見し、その容体を察し合戦を始むべし」と、国主の近臣を案内とし、脈道を始め腹部・頭面・唇舌等の諸道を巡行して、切所・要害・賊軍の屯する所まで尽く見定め、王城に帰りて国主にこれを奏し、明日より合戦を催さんと、その用意をぞ急いだ。
梅瘡軍談二の巻終