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【右丁】
国中(こくちう)全(まつた)く一統(いつとう)に帰(き)したりければ淳直(じゆんちよく)は薬將(やくしやう)を分(わけ)て諸道(しよどふ)を
守(まもら)せ其身(そのみ)は王城(わうじやう)に帰(かへ)りて具(つぶさ)に軍(いくさ)の次第(しだい)を奏(さう)し且(かつ)諸道(しよどう)の仕置(しおき)
乱後(らんご)治世(ぢせい)の大旨(たいし)をくわしく論定(ろんぢやう)するを国王(こくわう)は聞(きい)て大に喜(よろこ)び吾(わが)
国(くに)久(ひさ)しく賊寇(ぞくこう)にくるしみしに先生(せんせい)の智勇(ちゆう)によりて妖氛(ようふん)【注①】を
はらひ除(のぞ)き再(ふたゝ)び天日(てんじつ)をみる事(こと)を得(え)たり其上(そのうへ)此后(こののち)治世(ぢせい)の
要論(ようろん)を示(しめ)し給(たま)ふ恩恵(おんけい)実(じつ)に身(み)に余(あま)る先(まづ)凱陣(かいぢん)の儀式(ぎしき)を
いたさんと山海(さんかい)の佳味(かみ)を具(そな)へて是(これ)を饗応(もてな)し酒(さけ)半酣(はんかん)に至(いた)
りて国王(こくわう)淳直(じゆんちよく)に向(むか)ひ此頃(このごろ)吾(わが)属国(ぞくこく)より使者(ししや)来(きた)り当国(とうごく)平(へい)
定(ぢやう)次第(しだい)早々(さう〳〵)先生(せんせい)を彼(かの)国々(くに〴〵)へ招待(しやうだい)すべきよし申越(もうしこ)したり
今(いま)先生(せんせい)の力(ちから)によりて吾国(わがくに)已(すで)に平定(へいぢやう)す希(こひねがは)くは先生(せんせい)労(らう)を
顧(かへりみ)ずすみやかに彼(かの)表(おも)へ趣(おもむ)き玉(たま)はゞ某(それがし)におゐても満足(まんぞく)ならん
【注① わざわい。戦乱。】
【左丁】
といふ淳直(じゆんちよく)は謹(つゝしん)で仰(おふせ)の趣(おもむ)き承知(しやうち)せり明日より彼国(かのくに)に
発向(はつかう)すべし但(たゞ)し当国(とうごく)におゐて一旦(いつたん)の合戦(かつせん)其図(そのづ)にかなひ
十分の勝(かち)を得(ゑ)たれどもいまだ全治(ぜんぢ)の国とはいひがたしその
ゆへは先日の合戦(かつせん)に瘰歴(るいれき)は落失(おちうせ)て行(ゆき)がたしれず渠(かれ)は遺(い)
毒(どく)にまさりておそろしき者なり実(じつ)に国外(こくぐわい)に逃去(にげさり)たるや
なを国中に潜(ひそ)みあるや其 実否(じつぷ)未(いまだ)分(わか)らず其上 彼賊(かのぞく)久し
く国中にありしゆへに諸道(しよどう)諸府(しよふ)彼(かれ)が風俗(ふうぞく)にうつされ其気
に化(くわ)したる者(もの)も又多し今 一旦(いつたん)の利(り)を得(ゑ)たりとも是ぎり
にして軍威(ぐんゐ)を収(をさ)め逸楽(いつらく)【注②】する時は黴賊(ばいぞく)再(ふたゝ)び窺(うかゞ)ひ来り害(がい)
をなさん事 疑(うたが)ひなしよろしく延寿丸(えんじゆぐわん)を用ひて諸道(しよどう)経絡(けいらく)を
巡見(じゆんけん)させ残徒(ざんとう)を駆(か)りのぞき黴賊(ばいぞく)の遺風(いふう)を一洗(いつせん)したまへ
【注② 遊び楽しむ。】
現代語訳
【右丁】
国中が完全に統一されたので、淳直は薬将を分けて諸道を守らせ、自身は王城に帰って詳しく戦いの次第を奏上し、かつ諸道の統治、戦乱後の治世の大方針を詳しく論定した。これを聞いて国王は大いに喜び「我が国は長く賊寇に苦しめられていたが、先生の智勇によって災いを払い除き、再び天日を見ることができた。その上、この後の治世の要論を示してくださる恩恵は実に身に余る。まず凱旋の儀式を行おう」と山海の美味を備えてこれをもてなし、酒が半ばに至って、国王は淳直に向かい「このごろ我が属国より使者が来て、当国平定の次第、早々に先生を彼の国々へ招待すべき旨申し越した。今、先生の力によって我が国は既に平定された。願わくは先生が労を顧みず速やかに彼の地へ赴いてくださるなら、某においても満足であろう」
【左丁】
と言う。淳直は謹んで「仰せの趣、承知いたしました。明日より彼国に出発いたします。ただし当国において一旦の合戦はその図に適い、十分の勝利を得ましたが、いまだ完全に治癒した国とは言い難い。その理由は、先日の合戦で瘰歴は逃亡してその行方が知れず、彼は遺毒にも増して恐ろしい者です。実に国外に逃げ去ったのか、なお国中に潜んでいるのか、その真偽はまだ分からない。その上、彼の賊が長く国中にいたため、諸道諸府が彼の風俗に移され、その気風に化した者も又多い。今、一旦の利を得たとしても、これきりにして軍威を収めて遊楽する時は、黴賊が再び窺い来て害をなすことは疑いない。よろしく延寿丸を用いて諸道経絡を巡見させ、残党を駆り除き、黴賊の遺風を一掃してください」