翻刻
地震といへは通せす古言の辺鄙に残る事みるへ
し
○三代実録仁和三年地震之条に京師の人民出_二廬
舎_一 ̄ヲ居_二 ̄ル于衢-路_一 ̄ニ云々こたひの京師のありさまもか
くのことくいと珍らかなり
○地震に付て其応徴の事なとは漢書晋書の天文
志なとには其応色々記しあれとも唐書の天文
志よりは変を記して応を記さす是春秋の意に
本つくなり今太平の御代何の応か是あらむ地
震即災異にして外に応の有へきことなし人々こ
ゝろをやすんして各の務をおこたらされ
文政十三年寅七月廿一日 思斉堂主人誌
○此地震考一冊は予か師涛山先生の考る所にし
てこの頃童蒙婦女或は病者なとさま〳〵の虚説
にまとひておそれおのゝきまた今に小動も止す
此後大震やあらんと心も安からされは歴代のためし
を挙て其まとひを解きこゝろをやすんせ■(本ノマヽ)らしむ
京師は上古より大震も稀なり宝暦元年の大震
より今年まて星霜八十年を経れは知る人すく
現代語訳
地震といえば通じないが、古い言葉が辺鄙な地方に残っていることがわかる。
○『三代実録』仁和三年地震の条に「京師の人民、廬舎を出でて街路に住む」云々とある。この度の京師の有様もこのようであって、とても珍しいことである。
○地震について、その応徴(前兆)のことなどは『漢書』『晋書』の天文志などには、その応を色々と記してあるけれども、『唐書』の天文志からは変異を記して応を記さない。これは『春秋』の意に基づいている。今、太平の御代に何の応があろうか。地震は即ち災異であって、他に応があるべきことはない。人々は心を安んじて、各々の務めを怠らないようにしなさい。
文政十三年寅七月廿一日 思斉堂主人記
○この地震考一冊は、私の師である涛山先生が考察されたものである。この頃、童蒙・婦女あるいは病者などが様々な虚説に惑わされて恐れおののき、また今に小さな揺れも止まず、この後大震があるのではないかと心も安からないので、歴代の例を挙げて、その惑いを解き、心を安んじさせるものである。京師は上古より大震も稀である。宝暦元年の大震から今年まで星霜八十年を経たので、知る人は少ない。