翻刻
この辺かなたこなた柳あまた青み渡れるも処得かほ也はるかに
馬ひけるおのこの過るありかれたる葦間を小舟さすあり唐人
の画にける西湖の様したり向ひの山の木の間に遍覧亭見ゆ
そこの処は松柏さまて大成はなけれとも風にもまれて
節たちて見ゆるは己か操あらはせるにやとやさし台の山口
に一むらの民戸見わたさる其左の方は丹土の崖高くす?斗?へ【そびへ】
下の渕は水の《見せ消ち:宮|色カ》殊に蒼かみなきりてものすこきまてに見ゆ
堤の縄手を行はて《見せ消ち:し|てゝカ》民屋の間をゆけは山の入口すこしひち
折て坂を上る城の大手なりと云のほりはつれは総寧寺の
大門左右松柏並たてり四五丁はかり行て道の左に石橋あり
おもて下馬とゑり付傍に一間代置之と刻む
こゝの辺り川はたに下る径あり甲毘沙門雁木と言その堂あれは
名つく二三十年前こゝの川底より大なる太刀一腰を取得し
こと有《見せ消ち:物|柄カ》鞘はくさりてなし今綱宇寺【総寧寺】に納といふ
右の下馬標ある処より寺の大門は故水戸の西山《見せ消ち:弓|公カ》当時の
住僧一間和尚の為に建立し給ふといふ瓦もてふき黒くぬり
たり
一間は西山公の甥の御つゝきの人也といへり此人大略ありて