翻刻
【右丁】
もわたらせ給はねはなのめならす【普通でない】よろこはせた
まひけり御さんじよはいつくにてもや有へきとの
給ひけれは御めのと申やういみしからん所は三条
殿を御しつらひありて入参らせ給へかしと申けれは
まことにさるへしとて三条殿を御しゆり有けり
くにをよせしよりやうをよせてつくらせ給へはほと
なくつくらせ給ひてさと【里】大うち【大内=皇居の異称。内裏】とそ申けるさて
も御さんしよの御つれ〳〵いかゝせんみかとおほして
しよきやうてん三条殿へ入せ給へはありつけ参
らせんとてみかともみゆきなりけるかく三条との
のさかへさせたま給ふ時こそ大しん殿もくきやう【公卿】てん上
【左丁】
人【殿上人】もきんさねの中なこんのひめきみとはしりたり
けれさてやすらかに御さんならせ給ふわうし【皇子】にて
そわたらせ給ひぬめてたさかきりなしさておとい
をそめされけるむかしかたりにそてぬれてほしも
やらぬふせいなり中将のかたみとおほしめしけれは
つゆもをろかならすとてをといまちかくめされて
わうしの御めのとにそめされけるまたつゝきて
わうし出きさせ給ひけりそふしてこのはらに三
人ひめきみ二人出きさせ給へはかたしけなさかき
りなし三人のわうしの御そくゐけんふく有けるに
女はうたちみな〳〵くわんをそ給はりける御めの
現代語訳
【右丁】
もお生まれにならないので、並々ならぬお喜びをなさった。「御産所はどこが良いでしょうか」と申し上げると、御乳母が申すには「素晴らしい所は三条殿をお整えになって、そこへ入らせ申し上げてください」と申したので、「まことにそうするのが良い」として三条殿をお修理になった。国を寄進し、庄園を寄進してお造りになったので、ほどなく完成され、まるで里の大内と申すほどであった。さても御産所での御退屈をいかがしようかと帝がお思いになって、所々の天皇を三条殿へお入れになると、お付き添い申し上げようとして帝も行幸なさった。このように三条殿が栄えていらっしゃる時こそ、大臣殿も公卿も殿上人
【左丁】
も、近実の中納言の姫君だと知っていた。そして安らかに御産をなさって、皇子でいらっしゃった。めでたさは限りない。さて弟君をお召しになった。昔語りに袖を濡らして干すこともやらない不精な仲将の形見とお思いになったので、少しもおろそかにはなさらずに、弟君を近くにお召しになって皇子の御乳母にお任せになった。また続けて皇子がお生まれになった。そうしてこの腹に三人、姫君二人がお生まれになったので、かたじけなさは限りない。三人の皇子の御即位見分があったが、女房たちは皆それぞれ官位をお授かりになった。御乳母
英語訳
【Right page】
had not been born to him, so his joy was extraordinary. When asked "Where should the birthing place be?" the wet nurse said, "A wonderful place would be to prepare the Sanjo Palace and have her enter there," so he said "That would indeed be best" and had Sanjo Palace repaired. He donated provinces and estates to have it built, and it was completed in no time, so magnificent that it was called "the Great Inner Palace of the village." Now, wondering how to ease the boredom at the birthing place, the Emperor had various empresses enter Sanjo Palace, and the Emperor himself made a progress there to attend them. When Sanjo Palace flourished in this way, the ministers, court nobles, and courtiers
【Left page】
all knew her as the daughter of Middle Counselor Kinezane. She gave birth peacefully to a prince. The joy was boundless. Then she summoned her younger brother. Thinking of him as a memento of the negligent Middle Captain who used to wet his sleeves with tears from old tales and wouldn't even dry them, she treated him with the utmost care, summoned him close, and appointed him as the prince's wet nurse. Another prince was subsequently born. Thus from this consort three princes and two princesses were born, and the gratitude was limitless. There was an examination for the succession of the three princes, and all the court ladies received court ranks accordingly. The wet nurse