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【右頁】
【枠外右上】
三五二【但し算用数字】
【枠外右横上】
因明大疏私抄卷第一
【枠外右横下】
四
【二段構成】
【上段】
比。故源佛說。問。劫初外道。已說_二因明_一。何故此言_二源唯
佛說_一。答。且據_二内敎因明_一。或過去佛說。皆不_レ違也《割書:文。》又
疏引_二 地持_一。其旨分明也。
【一字下げ】
頽綱《割書:朽繩也。》規矩《割書:規顯_二圓木_一也。――兩岐木也。|矩顯_二方物_一也。――曲金等也。》
【字下げ終わり】
權衡照解之所由。――《割書:方便悟解之義也。》
豈若蘇張《割書:乃至》聞禮樂《割書:而已。》
【一字下げ】
荊州松子郡。有_二鬼谷窟_一。人在_二窟中_一讀_レ書。從_レ窟爲_レ名
云_二鬼谷先生_一。 蘇秦張儀。二人事_二鬼谷先生_一。學_二縱橫
術_一。孔子曰。安_レ 上治_レ民。莫_レ善_二於禮_一。移_レ風易_レ俗。莫_レ善_二
於樂_一《割書:云云》。游夏事_二孔子_一。聞_二禮樂敎_一也。游夏 ̄モ 二
人 ̄ト《割書:見》 ̄タリ。游與_レ夏也。
【字下げ終わり】
三量者。現量比量聖敎量也。或自他共三量也。
二因者。 言生因《割書:三支之言也。生_二敵證|決智_一故。名_二言生因_一。》 智了因《割書:敵證決智也。|望_二所了宗義_一》
《割書:故名_レ|因。》
八門者。《割書:如_レ 下》兩益者。自悟悟他也。
後穎《割書:後代人也。》雖_二前修而桂悟_一未_レ烈者。此擧_二前代三藏
劣_一。前修者。前代賢人所修之文也。《割書:外典常有_二|此詞_一也。》
【下段】
【三字下げ】
已上起因
【字下げ終わり】
因明入正理論。得名五釋事。
【一字下げ】
第一釋。因明者。因言一明別稱。卽生了二因也。明言
五明通名。卽能詮敎也。故因 ̄ヲ 明 ̄スト 云事 ̄ナリ。是因之明
依主釋也。入正理者。天主論別稱。此釋心。諸眞性爲_二
正理_一。
第二釋。因言立者言。明言敵證智。明之因也。仍此釋。
卽明言不_レ令_レ通_二 五明_一。因 ̄モ 明 ̄モ 屬_二 一明之稱_一也。入正理
者。如_二前釋_一。此釋立破幽致爲_二正理_一。
《割書:考【四角で囲む】原本入紙云》 尋云。明詮僧都難云。入者卽明也如何云_二
入正理之因明_一耶《割書:文》。此難可_レ爾。如何可_レ會_レ之耶。
答。疏云。因明者一明之都名入正理者此軸之別目《割書:文》。
准_レ之。因明者。寬亙_下明_二因明_一之諸論_上。入正理者。其中
依_二 天主論_一。照_二-解立破幽致_一也。若寬狹爲_二差別_一歟。
第三釋。因言生因。明智了因。故因與_レ明異。入正理
者。入所生智。《割書:敵證智卽智了|因 ̄ト 被_レ云物歟。》正理 ̄ハ 所曉宗。
第四釋。因者智了或言生也。此因卽明顯故名_レ明。因
【左頁】
【枠外左上】
三五三【但し算用数字】
【枠外左横上】
因明大疏私抄卷第一
【枠外左横下】
五
【二段構成】
【上段】
【一字下げ】
卽是明也。此釋。因明關_二佛經名_一。正理屬_二陳那本論_一。入
論名_二 天主之論_一。故佛因明 ̄ト 陳那正理 ̄トヲ 入 ̄スル。天主 ̄ノ 論
也。
第五釋。此釋中更有_二 三解_一。一。因明正理。俱屬_二陳那論_一。
入論天主論也。二。因明 ̄ハ 能入論。卽天主之敎也。正
理 ̄ハ 所入論。卽陳那之敎也。三。因明者一明之通名。卽
亙_二能入所入二論_一。入正理者。此二論別稱。又通_二能所
入_一。此第三解。亙_二能入所入_一釋中。又更有_二 一小分_一。或
此應云等者是也。意者。因明亙_二能所入_一之通名。卽如_レ
前。入正理亦亙_二能所入_一。此義亦如_レ前。但異處。前解不_レ
分_二入正理_一。令_レ通_二能所入_一。此解入配_二能入論_一。《割書:天主論》正
理配_二所入論_一。《割書:陳那|論》而令_レ通_二能所入_一也。明燈抄。因卽
是明解_レ入也。正者卽理解_二正理_一。卽入屬_二 天主_一。正理
屬_二陳那_一者。卽此意也。凡此第五釋意。正理體通_二前四_一。
《割書:眞性。幽致。宗義。|本論。》
尋云。付_二明燈抄_一。見_二疏文_一。因卽是明者。無_レ疑因明二
字 ̄ヲ 釋 ̄スト 見 ̄タリ。解_二入字_一云事。其意如何。
【字下げ終わり】
【下段】
綺互釋_レ之合成_二廿五釋_一者。綺_二 五正理_一也。非_レ綺_二 五因明_一
也。所_レ謂第一釋爲_レ 五者。諸法眞性爲_レ表。此卽爲_二幽致_一。
爲_二宗義_一。爲_二本論_一。如_レ此令_レ通了 ̄ヌレハ。卽又第五 ̄ノ 通釋
也。故成_レ 五也。乃至。第五釋爲_レ正《割書:考【四角で囲む】本校云|五歟》者。通_レ ̄スルヲ 四 ̄ニ
合_レ ̄シテ 一 ̄ニ 爲_レ表 ̄ト。四又別別 ̄ニ 有_レ之。故卽成_レ 五也。如_レ此五
各有_レ 五。故廿五也。故明燈抄云。唐前記云且以_二第一釋
因明_一而歷_二餘四正理_一合爲_レ 五餘五亦爾故五五合成_二廿
五_一也《割書:云云》。集記同_レ之。
【一字下げ】
《割書:考【四角で囲む】原本|入紙曰》依後四釋敎是彼具亦因明者
依_二音石先德傳_一者。題目五釋之中。指_二後四釋_一。若依_二秋
篠先德傳_一者。第四釋及第五釋中三釋指_レ之。云_二依後
四釋_一也。各有_二其意_一。思可_レ知_レ之耳。《割書:考【四角で囲む】已上|入紙》
【字下げ終わり】
如中觀論者。彼論欲_レ令_レ觀_二 中道_一說論也。故名_二 中觀論_一。
▢論亦欲_レ令_下隨_二證因_一生明智入_中正理_上說論也。故例_レ彼
也。
如_二 十地經_一者。彼經說_二 十地義_一。故立_二其名_一。此論說_二因明
正理之入義_一也。故以例。
現代語訳
【右頁】
352
因明大疏私抄巻第一
4
【上段】
比量である。故に源は仏説である。問う。劫初に外道が既に因明を説いている。何故にここで「源はただ仏説のみ」と言うのか。答える。まず内教の因明に据って言うのであり、或いは過去仏の説であって、皆違わないのである【文】。また疏が地持経を引くが、その趣旨は分明である。
頽綱【朽ちた縄である】規矩【規は円木を示すものである――二股の木である。矩は方形の物を示すものである――曲がった金属等である】
権衡照解の由る所である――【方便して悟解する意義である】
どうして蘇張【乃至】が礼楽を聞く【のみ】に若かん。
荊州松子郡に鬼谷窟がある。人が窟中で書を読んでいた。窟から名を取って鬼谷先生と云う。蘇秦張儀の二人は鬼谷先生に事えて縦横術を学んだ。孔子が曰く「上を安んじ民を治めるには礼に善きはなく、風を移し俗を易えるには楽に善きはなし」【云々】。游夏は孔子に事えて礼楽の教えを聞いたのである。游夏も二人【と見える】。游と夏である。
三量とは、現量・比量・聖教量である。或いは自・他・共の三量である。
二因とは、言生因【三支の言である。敵証の決智を生ずる故に言生因と名づける】、智了因【敵証の決智である。了する所の宗義を望む故に因と名づける】
八門とは【以下の如し】。両益とは、自悟と悟他である。
後穎【後代の人である】は前修しても桂悟が未だ烈しからざる者、これは前代三蔵の劣を挙げる。前修とは、前代賢人の修めた文である【外典に常にこの詞がある】。
【下段】
以上起因
『因明入正理論』の得名五釈の事。
第一釈。因明とは、因の言は一明の別称である。すなわち生了の二因である。明の言は五明の通名である。すなわち能詮の教である。故に因を明かすということである。これは因の明で依主釈である。入正理とは、天主論の別称である。この釈の心は、諸法の真性を正理とする。
第二釈。因の言は立者の言、明の言は敵証の智である。明の因である。よってこの釈では、すなわち明の言は五明に通じさせない。因も明も一明の称に属するのである。入正理とは、前釈の如し。この釈では立破の幽致を正理とする。
【考:原本入紙云う】尋ねて云う。明詮僧都が難じて云う「入とはすなわち明である。如何に入正理の因明と云うか」【文】。この難はその通りである。如何に会通すべきか。
答える。疏に云う「因明は一明の都名、入正理はこの軸の別目」【文】。
これに准ずれば、因明とは、因明を明かす諸論に広く亘り、入正理とは、その中で天主論に依って立破の幽致を照解するのである。もし寛狭を差別とするか。
第三釈。因の言は生因、明は智了因である。故に因と明は異なる。入正理とは、入は所生の智【敵証智すなわち智了因と云われるものか】、正理は所暁の宗である。
第四釈。因とは智了或いは言生である。この因がすなわち明らかに顕すので明と名づける。因
【左頁】
353
因明大疏私抄巻第一
5
【上段】
がすなわちこれ明である。この釈では、因明は仏経の名に関し、正理は陳那の本論に属する。入論は天主の論と名づける。故に仏の因明と陳那の正理とを入れる天主の論である。
第五釈。この釈の中に更に三解がある。一に、因明正理は俱に陳那論に属し、入論は天主論である。二に、因明は能入論でなすなわち天主の教である。正理は所入論ですなわち陳那の教である。三に、因明は一明の通名ですなわち能入所入の二論に亘る。入正理はこの二論の別称である。また能所入に通ずる。この第三解は、能入所入に亘る釈の中で、また更に一小分がある。或いは「この応に云う」等がこれである。意は、因明は能所入に亘る通名ですなわち前の如し。入正理もまた能所入に亘り、この義もまた前の如し。ただ異なる処は、前解は入正理を分かたず、能所入に通じさせる。この解では入を能入論に配し【天主論】、正理を所入論に配し【陈那論】、而して能所入に通じさせるのである。明灯抄に「因すなわちこれ明は入を解し、正はすなわち理で正理を解す。すなわち入は天主に属し、正理は陳那に属す」とあるのは、すなわちこの意である。およそこの第五釈の意は、正理の体は前四に通ずる【真性、幽致、宗義、本論】。
尋ねて云う。明灯抄に付いて、疏文を見るに、「因すなわちこれ明」とは、疑いなく因明の二字を釈すと見える。入の字を解すると云うことは、その意如何。
【下段】
綺互に之を釈して合わせて二十五釈を成すとは、五つの正理を綺るのである。五つの因明を綺るのではない。謂わば第一釈を五とするのは、諸法真性を表とする。これがすなわち幽致となり、宗義となり、本論となる。このように通じ了せしめれば、すなわちまた第五の通釈である。故に五を成すのである。乃至、第五釈を正【考:本校云う五か】とするのは、四に通ずるを一に合わせて表とし、四がまた別別にこれ有る。故にすなわち五を成すのである。このように五が各々五を有する。故に二十五である。故に明灯抄に云う「唐前記に云う、まず第一釈の因明を以て余の四正理を歴して合わせて五とし、余の五もまた爾り、故に五五合わせて二十五を成す」【云々】。集記もこれと同じ。
【考:原本入紙曰く】「後四釈に依れば教はこれ彼に具し、また因明」とは、音石先徳の伝に依る者は、題目五釈の中で後四釈を指す。もし秋篠先徳の伝に依る者は、第四釈及び第五釈中の三釈をこれを指し、「後四釈に依る」と云うのである。各々その意がある。思って之を知るべきのみ【考:已上入紙】。
『中観論』の如しとは、その論は中道を観せしめんと欲して論を説く。故に中観論と名づける。この論もまた因に随って証して明智を生じ正理に入らしめんと欲して論を説くのである。故にそれに例える。
『十地経』の如しとは、その経は十地の義を説く。故にその名を立てる。この論は因明正理の入の義を説くのである。故に以て例とする。