翻刻
【みん翻と無関係に作ったものを転載しているため、ふりがなと、適切な改行を欠く状態です】
蛸(たこ)をまいりけるが。是(これ)はいかになまぐさ坊やと。あざけり
わらひければ。一休すこしもさはがず。いやとよまつたく
蛸(たこ)をたべね共。口より出ればせん方なし。さりとてはく
わぬと。まつくすみになりてあらがひ給へば。たちまち口
より吐(はき)出しながら。くはぬとあらがひ給ふかや。いよ〳〵
聞へぬ御坊やと。おどりあがりてわらひける。いで〳〵
わごぜ達に。其しやうこを見せ侍らんとて。百万遍に
引つれ行く。善導法然(ぜんだうほうねん)の画像(ぐはざう)を見せて。あれ見
給ひたるか人々よ。抑 善導(ぜんだう)のあみだをくひしためし
はあるまじけれ共。三尊口より出給へり善導大師
さへ。口よりいづればせいしがたし。まして愚僧(ぐそう)が口より
たこの出る事。さらにせん方なしと仰られければ。みな人
御 頓作(とんさく)なる御 返答(へんとう)やと口をとぢてかへりける
【一休、魚をくひて高札を立給ふ事】
『九』一休和尚は。生仏にて。魚をまいりて水中へはき出し給へば。其魚たちまちいきかへりて。もとのごとくになると洛中に此事専なりと。或人来りて。かたりければ。一休おかしくおぼしめし。洛中の辻々に高札をこそあげられける。そのことばにいわく
来るいついくかの日。
むらさき野。さがり松のほとりにおゐて。
魚をくひて其まゝもとの魚にはき出し。
水中におどらさしむ事也。
御望のかた〳〵御見物に待奉
太夫は天下老和尚一休大禅師