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此後とても申伝へ下ノ社上ノ社貴布祢河合社四社ニ而四ヶ度
夫々一社計之一陣無之而は御社之格悪ク相成候道理以後相心
得可然仰也次ニ奥ノ社附曳日時消息宣下之事如何御尋ニ付
去冬御願可申様存候処相勤へ候得は別紙之通立柱与同日ニ而
前夜丑刻ニ候得は別ニ宣旨御願申別日執行仕候事如何可有
之哉則被相勤候書付被掛御目処附曳之名目子細も可有
之候得は宣旨相願候事相止メ有来之通執行可然思召旨也
片岡仮迁宮之儀は消息宣下追而相願可然被仰渡事
附曳先例書付如左
寛永六年五月廿日丑刻附曳
同月廿一日辰刻立柱
延宝七年六月三日亥子刻附曳
同月廿六日 立柱
正徳二年九月十七日丑刻附曳
同月十八日辰刻立柱
寛保二年五月十三日丑刻附曳
同月同日辰刻立柱
一御伝奏御心得ニ御書付陣御組合書付如左
一両社木造始 一河合社木造始
一御祖社仮殿立柱上棟仮迁宮
一別雷社仮殿立柱上棟 一貴布祢社立柱上棟
一御祖社立柱上棟 別雷社仮迁宮正殿立柱
一御祖社正迁宮別雷社正殿上棟正迁宮片岡社正迁宮
一貴布祢社 河合社 正迁宮
陣八ケ度
廿二日《割書:戊| 子》晴
一鍛冶和泉大掾今日於御伝奏口宣案頂戴之儀一社惣代へ御渡
被成惣代中ゟ和泉大掾江於御玄関被渡候由也尤御礼之儀者別
紙書付被差出候事着用素襖官物ハ不上也
現代語訳
「この後とても申し伝える。下の社・上の社・貴船・河合社の四社で四ヶ度、それぞれ一社だけの一陣がなければ御社の格が悪くなる道理である。以後心得るべきである」との仰せである。次に奥の社の附曳の日時と消息宣下の件についてどうかとのお尋ねに付き、去冬に御願い申すべきように存じたところ、相勤めることができれば別紙の通り立柱と同日で、前夜丑刻であれば、別に宣旨を御願い申して別日に執行することはいかがであろうか。則ち相勤める書付を御覧に掛けたところ、附曳の名目にも子細があるであろうから、宣旨を相願うことは止めて、従来の通り執行するのがよろしいとのお思召しである。片岡仮遷宮の儀は消息宣下を追って相願うべきであると仰せ渡されたこと。
附曳先例書付は左の如し
寛永六年五月二十日丑刻 附曳
同月二十一日辰刻 立柱
延宝七年六月三日亥子刻 附曳
同月二十六日 立柱
正徳二年九月十七日丑刻 附曳
同月十八日辰刻 立柱
寛保二年五月十三日丑刻 附曳
同月同日辰刻 立柱
一 御伝奏の御心得に御書付、陣御組合書付は左の如し
一 両社木造始 一 河合社木造始
一 御祖社仮殿立柱上棟仮遷宮
一 別雷社仮殿立柱上棟 一 貴船社立柱上棟
一 御祖社立柱上棟 別雷社仮遷宮正殿立柱
一 御祖社正遷宮別雷社正殿上棟正遷宮片岡社正遷宮
一 貴船社 河合社 正遷宮
陣八ヶ度
二十二日《戊子》晴
一 鍛冶和泉大掾、今日御伝奏口において宣案頂戴の儀を一社惣代へお渡しになり、惣代中から和泉大掾へ御玄関においてお渡しになったとのことである。もっとも御礼の儀は別紙書付を差し出されたこと。着用は素襖で、官物は上がらない。