東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 6

女学範 - 翻刻

女学範 - ページ 24

ページ: 24

翻刻

【右丁】 竹取物語(たけとりものがたり)は。作者(さくしや)さだかならず。源順(みなもとのしたがふ)つくれるともいふなり。源(げん) 氏(じ)ゑあはせのまきにも。まづ ものが(物語)たりの いでき(出来)はじめ(始)のおや なる。たけとり(竹取)のおきな(翁)に。うつほの としか(俊蔭)けを。あは(合)せて あらそふ(争)と かい(書)たりしも。この(此)ものが(物語)たりのことなかれ。また 万葉(まんえふ)に。わかな(若菜)のことによめるは。このものがたりにはあらずとなん。  宇津保物語(うつほものがたり)は。能登守(のとのかみ)源順(みなもとのしたがふ)つくれり。としか(俊蔭)けのまきといふ も。うつほものかたりのことなりき。 枕草紙(まくらざうし)は。清原元輔(きよはらのもとすけ)の むす(女)め。清少納言の つくり(作)たる なり。ちう(注)したる ふみ(書)には。季吟(きぎん)のつくれる春曙抄(しゆんしよしやう)といふあり。 この(此)ふみ(文)の装束(さうぞく)ばかりに ちう(注)したるを。装束撮要抄(さうぞくさつえうしやう)とい ふ。壷井義知(つほゐよしとも)の さく(作)なり。 【左丁】 蜻蛉(かけらう)の日記は。右大将(うだいしやう)道綱母(みちつなのはゝ)のつくれるなり。右 兵衛佐(へうゑのすけ)藤原(ふぢはら)。 倫寧(ともやす)のむすめなりき。 徒然草(つれ〴〵ぐさ)は。吉田(よしだ)の兼好法師(けんかうはふし)の つく(作)れる ふみ(書)なり。兼好(けんかう)はじめ。 後宇多(ごうだ)の帝(みかど)につかふ。左兵衛佐(さへうゑのすけ)卜部兼好(うらべのかねよし)といひしが。やま(遁世)すみ して。たゞちに法名(はふみやう)となすとぞ。うた(哥)をよみ ふみ(書)をつゞること。 たへ(妙)にして。しうぎ(秀吟)んおほし。この(此)ふみ(書)に ちう(注)したるは。くさ〴〵あ ̄ン な るなかにも。寿命院抄(すめうゐんのしやう)二巻(ふたまき)。野槌抄(のづちしやう)十四巻(とをあまりよまき)《割書:林道|春作》貞徳抄(ていとくのしやう)二巻(ふたまき)《割書:長|頭》 《割書:丸|作》古今抄(こきんしやう)八巻(やまき)《割書:大和田|気求作》盤斎抄(ばんさいしやう)十三巻《割書:踏雪|作》句解(くげ)七巻(なゝまき)《割書:高階揚|順作》文段抄(もんだんしやう) 七巻《割書:季吟|作》諺解(げんかい)五巻(いつまき)《割書:南部宗|寿作》【注①】増補鉄槌(そうほてつつい)六巻(むまき)《割書:山田元|隣作》【注②】大全(だいぜん)十三巻《割書:高田宗|賢作》 参考抄(さんかうしやう)八巻《割書:恵空和|尚作》諸抄大成(しよしやうたいせい)二十巻(はたまき)《割書:浅香山|井作》などをよしとす。 【注① 南部草寿の誤と思われる。】 【注② 山岡元隣の誤と思われる。】    賢女(けんぢよ)《割書:并孝婦》

現代語訳

【右丁】 『竹取物語』は、作者が明確ではない。源順が作ったともいう。『源氏物語』の絵合の巻にも、まず物語の出来始めの親である竹取の翁と、『宇津保物語』の俊蔭を合わせて争わせると書いてあるのも、この物語のことである。また『万葉集』に若菜のことで詠まれているのは、この物語のことではないという。 『宇津保物語』は、能登守源順が作った。俊蔭の巻というのも、『宇津保物語』のことであった。 『枕草子』は、清原元輔の娘、清少納言が作ったものである。注釈した書物には、季吟が作った『春曙抄』というものがある。この書の装束の部分だけに注釈したものを『装束撮要抄』という。壷井義知の作である。 【左丁】 『蜻蛉日記』は、右大将道綱母が作ったものである。右兵衛佐藤原倫寧の娘であった。 『徒然草』は、吉田の兼好法師が作った書物である。兼好は初め、後宇多天皇に仕え、左兵衛佐卜部兼好といったが、出家して、ただちに法名となったという。歌を詠み、文章を綴ることが巧みで、優れた吟詠が多い。この書に注釈したものは様々あるが、その中でも、『寿命院抄』二巻、『野槌抄』十四巻(林道春作)、『貞徳抄』二巻(長頭丸作)、『古今抄』八巻(大和田気求作)、『盤斎抄』十三巻(踏雪作)、『句解』七巻(高階揚順作)、『文段抄』七巻(季吟作)、『諺解』五巻(南部宗寿作)、『増補鉄槌』六巻(山岡元隣作)、『大全』十三巻(高田宗賢作)、『参考抄』八巻(恵空和尚作)、『諸抄大成』二十巻(浅香山井作)などが良いとされる。 賢女(孝婦を含む)

英語訳

【Right page】 The author of "The Tale of the Bamboo Cutter" is not certain. It is also said to have been written by Minamoto no Shitagau. In the "Picture Competition" chapter of "The Tale of Genji," it is written that the Bamboo Cutter, who is the ancestor of all tale beginnings, competes with Toshikage from "Utsubo Monogatari," which refers to this tale. Also, what is composed about young herbs (wakana) in the "Man'yōshū" is said not to refer to this tale. "Utsubo Monogatari" was written by Minamoto no Shitagau, Governor of Noto. The "Toshikage Chapter" also refers to "Utsubo Monogatari." "The Pillow Book" was written by Sei Shōnagon, daughter of Kiyohara no Motosuke. Among the commentaries on this work is "Shunshō-shō" written by Kigin. A commentary focusing only on the court dress sections of this book is called "Sōzoku Satsuyō-shō," written by Tsuboi Yoshitomo. 【Left page】 "The Gossamer Years" was written by the mother of Michitsuna, wife of the Right General. She was the daughter of Fujiwara no Tomoyasu, Assistant Captain of the Right Military Guards. "Essays in Idleness" is a book written by the monk Kenkō of Yoshida. Kenkō initially served Emperor Go-Uda and was called Urabe no Kaneyoshi, Assistant Captain of the Left Military Guards, but he became a monk and immediately took a Buddhist name. He was skilled at composing poetry and prose, with many excellent verses. Among the various commentaries on this work, the following are considered good: "Jumyōin-shō" (2 volumes), "Nozuchi-shō" (14 volumes, by Hayashi Dōshun), "Teitoku-shō" (2 volumes, by Chōtōmaru), "Kokin-shō" (8 volumes, by Ōwada Kikyū), "Bansai-shō" (13 volumes, by Tōsetsu), "Kuge" (7 volumes, by Takashina Yōjun), "Bundan-shō" (7 volumes, by Kigin), "Genkai" (5 volumes, by Nanbu Sōju), "Zōho Tetstsui" (6 volumes, by Yamaoka Genrin), "Daizen" (13 volumes, by Takada Sōken), "Sankō-shō" (8 volumes, by Ekū Oshō), and "Shoshō Taisei" (20 volumes, by Asakayamai). Wise Women (including filial wives)