翻刻
此もの人に害(かい)する事。 数回(あまたたび)なりとて。
其いにしへ夢想国師(むそうこくし)といへる。 道徳(たうとく)
いみしき聖(ひじり)のおはして。一 扁(へん)の真(しん)言
を唱(となへ)へ給ふ。 其文曰(そのもんにいはく)
〇〇〇〇(アシカハ)。 〇〇〇〇(トウカラ)。 〇(ヲン)〇〇〇〇(ヒンナレ)
〇〇(ヲンイン)〇〇(ノコ)。〇(イン)〇〇(ノコ)。 〇(ソワ)〇(カ)【〇は凡字】
唵犬兒狛子(おんいんのこいんのこ)娑婆訶(そはか)と。 耳(みゝ)の傍(あたり)え
さしよりて大喝一声(たいくわついつせい)耳(みゝ)つ遠(とを)。 耳(みゝ)つ
遠(とを)と高(たか)らかに偈(げ)を授(さづ)け給ひ。又 二首(にしゆ)の
歌をもつて化度(けど)し給ふ。 其歌(そのうた)に
世(よ)の中に寝(ね)るほど楽(らく)はなきものを
しらであほうがおきてはたらく
朝寝坊(あさねぼう)宵寝(よひね)をこのみ昼寝(ひるね)して
とき〴〵おきて居(ゐ)ねふりぞする
此 咏歌(ゑいか)の奇特(きどく)にやよりけん。その後(のち)
絶(たえ)て障礙(しやうげ)をなさずとかや。猶 委(くは)しくは
現代語訳
このものが人に害をなすことが度々あったので、その昔、夢想国師という徳の高い聖人がおられて、ひとつの真言を唱えられた。その文句は「アシカハ、トウカラ、ヲンヒンナレ、ヲンインノコ、インノコ、ソワカ」、つまり「唵犬兒狛子娑婆訶(おんいんのこいんのこそわか)」と、耳のそばに近寄って大声で一声「耳っ遠、耳っ遠」と高らかに偈を授けられ、また二首の歌をもって教化された。その歌は
世の中に寝るほど楽はなきものを
知らであほうが起きて働く
朝寝坊宵寝を好み昼寝して
時々起きて居眠りぞする
この歌の功徳によるものか、その後は全く害をなさなくなったとか。なお詳しくは
英語訳
Since this creature frequently harmed people, long ago there was a virtuous sage called Musō Kokushi who chanted a mantra. The text goes "Ashika wa, tōkara, on hinare, on inoko, inoko, sowaka" - that is, "Om inoko inoko svāhā" (Om puppy-child puppy-child svāhā). Drawing close to their ears, he loudly proclaimed the verse "Deaf ears! Deaf ears!" and also taught them with two poems:
In this world there is no pleasure like sleep
Yet fools who know not this rise up to work
Loving morning sleep and evening sleep, napping in the day
Occasionally waking only to doze while sitting
Perhaps due to the miraculous power of these poems, afterwards they ceased to cause any harm at all. For more details...