「会津若松市デジタルアーカイブ」公開資料を翻刻

コレクション: 諸士系譜

諸士系譜 巻之64 と之部7 - 翻刻

諸士系譜 巻之64 と之部7 - ページ 49

ページ: 49

翻刻

   出相勤候段被 仰出同月罷下    候事  一 同九卯年五月願之通当務被    成御免外様組付被 仰付当務    勤番も相勤先務勤功も有之候間           【加増之分 と朱書あり 以下九文字に朱の点あり】    先達而被下置候御役料之分    御加増ニ御直被下置梶原平馬組ヘ    入 御城御番相勤候事  一 明和八卯年十二月十一日六拾弐    歳ニ而病死法名心法長傳居士   葬所同上  亀之助某 《割書:享保二十卯年三月九日病死法名玄|明禅童子葬所同上》    母 神山氏女  女    養子平蔵為種妻    母 同上

現代語訳

精勤して勤めた段を仰せ出され、同月に帰国したこと 一 同9年(1759)卯年5月、願いの通り当務を御免になり、外様組付を仰せ付けられた。当務勤番も相勤め、先務での勤功もあったので、先達て下し置かれた御役料の分を御加増として御直に下し置かれ、梶原平馬組へ入り、御城御番を相勤めたこと 一 明和8年(1771)卯年12月11日、62歳にて病死。法名は心法長傳居士 葬所は同上 亀之助某 《割書:享保20年(1735)卯年3月9日病死、法名玄明禅童子、葬所同上》   母 神山氏女 女    養子平蔵為種の妻   母 同上