翻刻
ることあたはず、避易(へきえき)【左注「おそれ」】【辟易】してみな降参(かうさん)に出(いで)て、落城(らくじやう)に及(およ)
ひけり、さて那覇(なは)の城(しろ)には矢尻(やじり)をそろへ待(まつ)といへども、
敵船(てきせん)一艘(いつそう)も見えざれば、こはいかにとおもふところに、
不意(ふい)に後(うしろ)より押(おし)よせられ、王城(わうじやう)もはやく已(すで)に落城(らくじやう)
と聞(きこ)えければ、一戦(いつせん)にも及(およ)はず落城(らくじやう)す、かゝれば速(すみやか)に
軍(いくさ)の勝利(しようり)を得(え)て、琉球(りうきう)忽(たちまち)に平均(へいきん)したれば、早船(はやふね)を
以(もつ)て将軍家(しやうぐんけ)へ注進(ちうしん)ありしかば、甚(はなはだ)称美(しようび)せさせたま
ひけり、かくてその年(とし)は順風(じゆんふう)の時節(じせつ)におくれける故(ゆゑ)
に、諸勢(しよせい)琉球(りうきう)に滞留(たいりう)して、翌年(よくねん)五月二十八日(ごぐわつにじふはちにち)、中山王(ちうざんわう)
尚寧(しやうねい)を召(め)しつれ軍士(ぐんし)凱陣(かいちん)す、同(おなじく )八月(はちぐわつ)薩州(さつしう)の大守(だいしゆ)
中山王(ちうざんわう)をともなひ、駿府(すんふ)に来(きた)りて登城(とじやう)す、時(とき)に中(ちう)
山王(ざんわう)、段子(どんす)【緞子】百端(ひやくたん)、猩々皮(しやう〴〵ひ)十二尋(じふにひろ)、太平布(たいへいふ)二百疋(にひやくひき)、白銀(はくぎん)
一万両(いちまんりやう)、大刀(たち)一腰(ひとこし)を献上(けんじやう)す、かゝれば御代始(ごよはじ)めに異(い)
国(こく)御手(おんて)に入(い)りしとて、ことの外(ほか)に御感悦(ごかんえつ)遊(あそは)され、其(その)
賞(しやう)として、御腰物(おんこしのもの)ならびに琉球国(りうきうこく)を賜(たま)はりけり、中(ちう)
山王(さんわう)にも拝領物(はいりやうもの)あり、これより琉球(りうきう)ながく薩州(さつしう)の
附庸(ふよう)とぞなりにける、それよりして江戸(えど)に至(いた)り、
将軍家(しやうぐんけ)に謁(えつ)しけるに、米(こめ)千俵(せんべう)をくだしたまふ、其年(そのとし)
現代語訳
することができず、恐れおののいて皆降参に出て、落城に及んだ。さて那覇の城では矢尻を揃えて待っていたが、敵船一隻も見えないので、これはどうしたことかと思っているところに、不意に後ろから押し寄せられ、王城も早くも既に落城したと聞こえてきたので、一戦にも及ばず落城した。このようにして速やかに軍の勝利を得て、琉球はたちまち平定されたので、早船によって将軍家へ報告があったところ、非常にお褒めになられた。こうしてその年は順風の季節に遅れてしまったため、諸軍勢は琉球に滞在して、翌年五月二十八日、中山王尚寧を連れて軍士は凱旋した。同じく八月、薩州の大守が中山王を伴い、駿府に来て登城した。その時、中山王は段子百端、猩々皮十二尋、太平布二百匹、白銀一万両、大刀一腰を献上した。これによって御代始めに異国が手に入ったということで、格別にお喜びになられ、その褒美として、御腰物ならびに琉球国を賜った。中山王にも拝領物があった。これより琉球は長く薩州の附庸となった。それから江戸に至り、将軍家に謁見したところ、米千俵を下賜された。その年
英語訳
They could not resist and, being overwhelmed with fear, all came out to surrender, leading to the castle's fall. Meanwhile, at Naha castle, they waited with arrows ready, but when not a single enemy ship appeared, they wondered what was happening. Suddenly attacked from behind and hearing that the royal castle had already fallen, they surrendered without even a single battle. Thus, they quickly achieved military victory and Ryukyu was immediately pacified. When this was reported to the Shogun's house by fast ship, he praised it greatly. Since that year they had missed the season of favorable winds, the various forces remained in Ryukyu, and in the fifth month, twenty-eighth day of the following year, they returned in triumph bringing along Chūzan King Shō Nei. Likewise in the eighth month, the lord of Satsuma came to Sunpu with the Chūzan King and entered the castle. At that time, the Chūzan King presented one hundred rolls of silk damask, twelve fathoms of orangutan hide, two hundred bolts of Taihei cloth, ten thousand ryō of silver, and one sword. Since a foreign country had come under control at the beginning of his reign, the Shogun was extraordinarily pleased, and as a reward, he granted a sword and the kingdom of Ryukyu. The Chūzan King also received gifts. From this time, Ryukyu became a long-standing vassal of Satsuma. Then they proceeded to Edo, and when they had an audience with the Shogun's house, he bestowed one thousand bales of rice. That year