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192 赤痢「チフス」「コレラ」に対する経口免疫
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菌力が「チフス」免疫中に演じ得る意義を確めなければならなかつた ; 換言す
れば、之はこの免疫の全部又は一部を表はすものか、或は亦単に随伴現像即
ち免疫と無関係なるか何うかを見なければならぬ。
Pfeiffer et Kolle は長い間此の研究に手間取ることはなかつた。幸にも予
防接種せる人の血液中にそれまで疑はざりし特異物質を発見したので、氏等
は「チフス」の全免疫を該物質に帰せんとする誘惑――固より全く自然の誘惑
ではあるが――に対し抵抗しなかつた。人工的に動物又は人間を予防接種す
るためには氏等によれば自然を模倣しなければならなかつた、即ち殺菌性物
質を血液中に生ぜしめなければならなかつた、而して之に達するために「チ
フス」菌を皮下に注射したに過ぎなかつた。以上が即ち「チフス」予防接種の
現今の技術の由来となつた理由である。
現今広く使用せらるるこの技術は、殺菌力と「チフス」免疫に於けるその意
義とを勝手に云ふに過ぎないから、不充分なる動機的及び早急的説明に基く
ものである。
* * *
吾人は今日では殺菌能力は生体が反応し得る一つの態度を表はすに過ぎぬ
ことを知つてゐる ; 更に此の反応は制限された数の伝染病に表はれるに過ぎ
ない。免疫度の秤に於て、殺菌性物質は適応する抗原の存在する際に於ける
凝集素又は補体結合物質以上に重さがあるものではない。
Pfeiffer et Kolle の説明に対し重要にして真実らしき外観を与ふる事は
Peiper et Beumer の実験に於ける海猽の生存である。
此の生存が殺菌素の証明であることを承認するとしても、問題となれる論
拠は、海猽の感染が人間の腸「チフス」性腹膜炎に対しては皮下予防接種は極め
て容易に作用するが、この腹膜炎は人間の腸「チフス」とは甚しく類似しない
ものである。唯々病原要素が両疾患に於て同一であるだけである ; 固より、
之等の疾患はその進行並びに Virus の存在部位の点からすれば全く異るも
のである。
赤痢「チフス」「コレラ」に対する経口免疫 193
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人間は腸「チフス」又は「コレラ」に感染するのは一様に経口的である。海猽
は、全く他の実験室内動物と同じく、per os の感染には絶対的に不感受性
である。唯々類人猿――大猖々、手長猿及び猖々――は、Metchnikoff の示
せる如く、全く人間と同じく、経口的感染により罹患す。よつて、Pfeiffer
et Kolle が推称せる如き「チフス」予防「ワクチン」、即ち皮下注射に於て人間
に効果あるか否かを知らんがためには、その疑問の解決に適当なのは海猽で
はなく類人猿である。此の実験は Metchnikoff 及吾人自身でなされた。ここ
にはその詳細に亘ることなく、結論を述べるだけに止める : 皮下経路によ
り接種され次に経口的に感染された「シムパンゼー」は腸「チフス」に感染し
た : 海猽の皮下に注射さたる同一「ワクチン」は致死的「チフス」性腹膜炎よ
り海猽を防御した。
故に海猽の結論より人間に移してはならぬ。海猽の生存せることは殺菌素
の存在に基くと仮定するも、証明は不充分である、本物質が人間に於て評価
さるべき利用価値ありとは云はれない。
以上は人間に於ける皮下経路による予防接種に対し主張し得る実験的部門
の論拠である。
実験的部門の之等の事実に対しては確かに、「チフス」又は「コレラ」の流行
の際に作成された多数の有利なる統計より演繹せる論拠より反対することが
出来る。
吾人は価値ある統計には重要性を置くべく用意するものである。皮下予防
接種法は多くの場合確かに有効であつた ; 吾人は此の問題については後に説
明するであらう。然し多数の場合に就て研究室で厳重に監督されてなされた
ので余り満足でない統計を看過してはならない。実際に、よい条件で皮下に
接種された人が予防注射後2,3又は4ヶ月内に腸「チフス」に感染した多くの
例を知る。
さきに述べたことから、吾人の意見によれば、今は之を支持すべきではな
い : 「チフス」の皮下予防接種は、たとへ有効であつても必然的のものでな
い ; 予防法に完全なるものとなる様に改良されるであらう。
現代語訳
192 赤痢、チフス、コレラに対する経口免疫
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菌力がチフス免疫中に演じ得る意義を確かめなければならなかった;換言すれば、これはこの免疫の全部または一部を表すものか、あるいはまた単に随伴現象すなわち免疫と無関係なものかどうかを見なければならない。
プファイファーとコレは長い間この研究に手間取ることはなかった。幸いにも予防接種した人の血液中にそれまで疑わなかった特異物質を発見したので、彼らはチフスの全免疫を該物質に帰そうとする誘惑――もちろん全く自然な誘惑ではあるが――に対し抵抗しなかった。人工的に動物または人間を予防接種するためには彼らによれば自然を模倣しなければならなかった、すなわち殺菌性物質を血液中に生じさせなければならなかった、そしてこれに達するためにチフス菌を皮下に注射したにすぎなかった。以上がすなわちチフス予防接種の現今の技術の由来となった理由である。
現今広く使用されるこの技術は、殺菌力とチフス免疫におけるその意義とを勝手に言うにすぎないから、不十分な動機的および早急的説明に基づくものである。
* * *
我々は今日では殺菌能力は生体が反応し得る一つの態度を表すにすぎないことを知っている;さらにこの反応は制限された数の伝染病に表れるにすぎない。免疫度の秤において、殺菌性物質は適応する抗原の存在する際における凝集素または補体結合物質以上に重さがあるものではない。
プファイファーとコレの説明に対し重要にして真実らしい外観を与える事はパイパーとボイマーの実験における海猽の生存である。
この生存が殺菌素の証明であることを承認するとしても、問題となる論拠は、海猽の感染が人間の腸チフス性腹膜炎に対しては皮下予防接種は極めて容易に作用するが、この腹膜炎は人間の腸チフスとは甚だしく類似しないものである。ただただ病原要素が両疾患において同一であるだけである;もちろん、これら疾患はその進行並びにウイルスの存在部位の点からすれば全く異なるものである。
赤痢、チフス、コレラに対する経口免疫 193
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人間は腸チフスまたはコレラに感染するのは一様に経口的である。海猽は、全く他の実験室内動物と同じく、経口感染には絶対的に不感受性である。ただただ類人猿――オランウータン、テナガザル及びサル――は、メチニコフの示したように、全く人間と同じく、経口的感染により罹患する。よって、プファイファーとコレが推奨したようなチフス予防ワクチン、すなわち皮下注射において人間に効果あるか否かを知るためには、その疑問の解決に適当なのは海猽ではなく類人猿である。この実験はメチニコフ及び我々自身でなされた。ここにはその詳細に及ぶことなく、結論を述べるだけにとどめる:皮下経路により接種され次に経口的に感染されたチンパンジーは腸チフスに感染した:海猽の皮下に注射された同一ワクチンは致死的チフス性腹膜炎より海猽を防御した。
故に海猽の結論より人間に移してはならない。海猽の生存したことは殺菌素の存在に基づくと仮定しても、証明は不十分である、本物質が人間において評価されるべき利用価値ありとは言われない。
以上は人間における皮下経路による予防接種に対し主張し得る実験的部門の論拠である。
実験的部門のこれら事実に対しては確かに、チフスまたはコレラの流行の際に作成された多数の有利な統計より演繹した論拠より反対することができる。
我々は価値ある統計には重要性を置くべく用意するものである。皮下予防接種法は多くの場合確かに有効であった;我々はこの問題については後に説明するであろう。しかし多数の場合について研究室で厳重に監督されてなされたので余り満足でない統計を看過してはならない。実際に、よい条件で皮下に接種された人が予防注射後2、3または4ヶ月内に腸チフスに感染した多くの例を知る。
先に述べたことから、我々の意見によれば、今はこれを支持すべきではない:チフスの皮下予防接種は、たとえ有効であっても必然的なものでない;予防法に完全なものとなるよう改良されるであろう。
英語訳
192 Oral Immunization Against Dysentery, Typhus, and Cholera
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cidal power that could play a role in typhus immunity had to be determined; in other words, it was necessary to see whether this represented all or part of this immunity, or whether it was merely an accompanying phenomenon, i.e., unrelated to immunity.
Pfeiffer and Kolle did not spend a long time on this research. Fortunately, having discovered a specific substance in the blood of vaccinated people that had not been suspected before, they did not resist the temptation—naturally a completely natural temptation—to attribute all typhus immunity to this substance. To artificially vaccinate animals or humans, according to them, it was necessary to imitate nature, that is, to produce bactericidal substances in the blood, and to achieve this, they simply injected typhus bacilli subcutaneously. This is the reason that became the origin of current typhus vaccination techniques.
This technique, now widely used, is based on insufficient motivational and hasty explanations, since it merely arbitrarily speaks of bactericidal power and its significance in typhus immunity.
* * *
We know today that bactericidal ability represents merely one attitude that the living body can react with; furthermore, this reaction appears in only a limited number of infectious diseases. On the scale of immunity, bactericidal substances have no more weight than agglutinins or complement-binding substances in the presence of corresponding antigens.
What gives Pfeiffer and Kolle's explanation an important and plausible appearance is the survival of guinea pigs in Peiper and Beumer's experiments.
Even if we acknowledge that this survival is proof of bactericidin, the problematic argument is that guinea pig infection responds very easily to subcutaneous vaccination against human intestinal typhoid peritonitis, but this peritonitis bears little resemblance to human intestinal typhus. Only the pathogenic element is the same in both diseases; naturally, these diseases are completely different in terms of their progression and the location where the virus exists.
Oral Immunization Against Dysentery, Typhus, and Cholera 193
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Humans uniformly become infected with intestinal typhus or cholera orally. Guinea pigs, like all other laboratory animals, are absolutely insensitive to oral infection. Only anthropoid apes—orangutans, gibbons, and monkeys—as Metchnikoff showed, become ill from oral infection exactly like humans. Therefore, to know whether typhus preventive vaccines as advocated by Pfeiffer and Kolle, i.e., subcutaneous injection, are effective in humans, anthropoid apes, not guinea pigs, are appropriate for resolving this question. This experiment was conducted by Metchnikoff and ourselves. Here we will only state the conclusions without going into details: chimpanzees inoculated by subcutaneous route and then infected orally became infected with intestinal typhus: the same vaccine injected subcutaneously in guinea pigs protected guinea pigs from fatal typhoid peritonitis.
Therefore, conclusions from guinea pigs should not be transferred to humans. Even assuming that the survival of guinea pigs is based on the presence of bactericidin, the proof is insufficient; it cannot be said that this substance has utility value that should be evaluated in humans.
The above are the experimental arguments that can be made against subcutaneous vaccination in humans.
Against these facts from the experimental field, one can certainly object with arguments derived from numerous favorable statistics compiled during typhus or cholera epidemics.
We are prepared to place importance on valuable statistics. Subcutaneous vaccination has certainly been effective in many cases; we will explain this problem later. However, we must not overlook statistics that are not very satisfactory because they were conducted under strict laboratory supervision in many cases. Indeed, we know of many examples where people inoculated subcutaneously under good conditions became infected with intestinal typhus within 2, 3, or 4 months after vaccination.
From what has been stated above, in our opinion, this should not now be supported: subcutaneous vaccination for typhus, even if effective, is not inevitable; it will be improved to make the preventive method complete.