翻刻
押披かれ何国共不知流れ行たり又みぢんに
くたけこま〳〵に成て流れ行かた不知よし
扨とんと橋は水戸殿ゟ先頃ゟ修覆有之内也
龍慶橋は水押破り欄干行桁橋板ともに
其儘にて小石川御門外を行過御門之東の方
土手之上なる高みに流留り于今其儘にて
すいりて有之龍慶橋ゟ小石川御門前を
行過候へは右之橋武士屋敷の上を流れ通り候
もの也是にて水の高サを可知也尤橋流行たる
時橋に家の屋根あたりて家打こはれたる
処も中之橋の向東側角の屋敷也誠に龍慶
橋の家々の上を流れ通りたる事前代未聞也橋は
其儘にて欄干共に小石川御門の外東の方土手
の高み芝の上に人の直したる如くに横筋違に
流留りたり諸人行をけし是は〳〵といつて
貴賤男女水戸殿御門前ゟ往還の人見ゆる能
く水の勢も強と見へたり扨龍慶橋の跡は橋
杭一本もなし両方より突出たる石垣斗残りたり