翻刻
水上る故鏡の間に長持有ける其上へ上る猶又水上
れは女房三歳に成る子を懐に入れ戸の桟をふまへ
登上り梁に取付母親は五ツに成子をいたき我
身は是非なし此子を助けて呉よといへは女房最
早是非なき時節其子を捨て母さま爰への
ほり給へといひける其内に長持浮上りひつくり
かへり母と五歳の男子めの前に溺死せり 女房は
梁際迄水押上ケ最早うつゝとも助く人心はなくつ
かれ是非なく三ツに成る子も落しけるか二枚屏風の
水に浮たる其上へ落夫御番より帰りけれと水高く
我家に寄付れす漸二日夜八ツ時帰り着右之有様
見て嘆く女房の半死に成りたるを梁よりひき
おろす屏風の上なる子も片息に成て居たり
妻と三歳に成る子を漸療治して生たり母と
五歳の子と目前に死居たり去共死骸流れ行
すして有けるをせめての事と嘆きけり
一牛込市兵衛雁木の川端の屋敷抔は軒際迄
水来る大かた瓦家根を内より打破りやねへ