翻刻
積(つも)り違(ちが)ひさまでの飢饉(きゝん)ならずは此分(このぶん)が倹約(けんやく)となり家内(かない)五人も七人もある家(いへ)にて
たくはへたらば大分(だいぶん)の穀物(こくもつ)を得(う)る事(こと)ならん凡(およそ)きゝんの覚悟(かくご)は農(のう)に近(ちか)き役(やくにん)人よく
納得(なつとく)し貧(まづ)しき民(たみ)を懇(ねんご)ろに諭(さと)さしめ農人各得心(のうにんおの〳〵とくしん)してはや早田(わせだ)の時(とき)よりかた
く慎(つゝ)しみ食物(くひもの)に菜(な)ヤ芹薺(せりなづな)ごとき物(もの)を加(くは)へて春(はる)の飢(うゑ)を恐(おそ)るゝ事深(ことふか)くは
いる程凶年(ほどきようねん)なりとも麦(むぎ)のまへに餓死(がし)する者(もの)あるべからず只是末(たゞこれすゑ)の役人此事(やくにんこのこと)を
能会得(よくゑとく)し偏(ひとへ)に妻子(さいし)を諭(さと)すごとく真実(しんじつ)にこゝろを用(もち)ひていひ聞(きか)かするに
あるのみ
前(まへ)に記(しる)す如(ごと)く飢饉(きゝん)のきざしは初秋(はつあき)にはかならず知(し)るゝものなり農(のう)の惣司(そうづかさ)
より其下(そのした)なる役人(やくにん)に委(くは)しく云(い)ひしめし農民(のうみん)の食物(くひもの)を倹(けんやく)約せしむべし
さて蕪菁(かぶらお)を多(おほ)く種(うゑ)さすべし畠(はたけ)の地(ぢ)ごしらへ段〻念(だん〳〵ねん)を入(い)れ少(すこ)し延引(えんいん)す
とも糞(こえ)も枯(か)れ地(ち)もされたるよし凶年(きようねん)には虫多(むしおほ)き事(こと)あり夫(よれ)ゆゑ殊(こと)に地(ぢ)
ごしらへよくすべしもし圃(はた)のなき所(ところ)ならば早田中田(わせだなかた)の跡(あと)を委(くは)しく拵(こしら)へ
用(もち)ゆべしかならず力(ちから)を尽(つく)し人〻相応(ひと〴〵さうおう)に多(おほ)く蒔(まく)べし【原本は割注にルビあり、改行して以下四行に記す】
肥(こえ)を農人自分(のうにんじぶん)に求(もと)めかぬる事(こと)
あらば役人(やくにん)より借銀才覚(かりぎんさいかく)して
つかはす
べし
尤後(もつとものち)の手入(てい)れ肥(こや)しに心(こゝろ)を用(もち)ふべし次(つぎ)に大根(だいこん)をも多(おほ)く蒔(まく)べし地(ぢ)ごし
らへ右(みぎ)にいふごとし蕪(かぶら)と大根(だいこん)は小(ちき)きよりまびきて汁(しる)にもし長(ちやう)ずるにしたがひ
食物(しよくもつ)に加(くは)へて穀物(こくもつ)の助(たすけ)とすべしよく農人(のうにん)に諭(さと)し秋(あき)のはじめより覚悟(かくご)し
蕪大根(かぶらだいこん)を多(おほ)く植(うえ)なばたとひ領主(りやうしゆ)の恵(めぐ)み薄(うす)しといふとも貧民(ひんみん)たりとも餓(が)
死(し)の愁(うれ)ひなかるべし