翻刻
凡凶年(およそきようねん)のきざしあらば農(のう)は努(つと)めて雑穀野菜等(ざうこくやさいとう)も成(なる)べく食物(しよくもつ)になるものを
作付(さくづけ)し又常食(またじやうしよく)を減(げん)じて之(これ)を無(な)き物(もの)として貯(たくは)へ置(お)き困難(こんなん)の時之(ときこれ)を出(いだ)して
露命(ろめい)をつなぐべし左(さ)に農業全書(のうげふぜんしよ)の中貝原楽軒(うちかひばららくけん)の喩言(ゆげん)を挙(あげ)て農家考(のうかかんが)へ
の一助(いちしよ)とす
凡飢饉年(およそきゝんどし)の兆(きざし)をば智(ち)ある人(ひと)は夏(なつ)の中(うち)に最早見及(もはやみおよ)ぶべし尤(もつとも)七月|下旬(すゑ)八月|上旬(はじめ)には慥(たしか)
に見ゆるものなりされども民(たみ)は愚(おろか)なるものにて其年(そのとし)なみ五穀(ごこく)の色(いろ)を見て飢饉(きゝん)を悟(さと)り
早(はや)く身持(みもち)を引(ひき)かへて勤(つとむ)る事(こと)をしらず先秋(まづあき)の実(みの)り出来(でき)ぬれば悦(よろこ)びいさみて餓死(がし)すべき
事(こと)をも弁(わきま)へず心(こゝろ)にまかせ飲(の)み食(く)ひ万(よろづ)の物(もの)を用(よう)にしたがひ求(もとむ)るゆゑ春(はる)の蓄(たくは)へたらずし
て年明(としあく)れば頓(やが)て飢(うゆ)る者多(ものおほ)し然(しか)れば秋(あき)に至(いた)り凶年(きようねん)の兆(きざ)し見ゆれば農(のう)の惣司(そうづかさ)たる人
心(こゝろ)を用(もち)ひて詳(つまびらか)に察(さつ)し民(たみ)をよく〳〵さとし導(みちび)きて春(はる)の餓死(がし)を救(すく)ふ心遣肝要(こゝろやりかんえう)なり」
又|或所(あるところ)に領主(りやうしゆ)より飢(うゑびと)人一日一人に付(つき)て米(こめ)壱|合(がふ)あるひは一|合余(がふよ)も救米(すくひまい)を与(あた)へられしが
夫(それ)にて餓死(がし)の者(もの)なし是(これ)をもつて思(おも)へば飢饉(きゝん)のきざし見(み)えたらば民(たみ)の惣司(そうづかさ)たらん
人|其下(そのした)の役人(やくにん)に懇(ねんごろ)にいひ含(ふく)め春(はる)の飢饉餓死(きゝんがし)に及(およ)ばん事(こと)を小児(こども)に物(もの)を教(をしゆ)る如(ごと)く細(こまか)く
民(たみ)にいひ聞(きか)すべし扨秋(さてあき)一日の食物(しよくもつ)を飢饉難儀(きゝんなんぎ)の時(とき)は五六日にも食(く)ふべし小民(しやうみん)つく
づくと先(さき)のきゝん年(どし)の難儀(なんぎ)を思(おも)ひ合(あは)せたらば秋(あき)の食物(しよくもつ)一日の分(ぶん)を三日に用(もち)ふるとも
少(すこ)しも苦労(くらう)あるまじされば秋(あき)一日に食(く)う食(しよく)を春(はる)の難儀(なんぎ)を遁(のが)るゝために二日|半程(はんほど)に食(く)ひ
合(あは)すべし是(これ)は菜大根万(なだいこんよろづ)の摘菜(つみな)を加(くは)へて此(この)ごとくにすべし遠国(ゑんごく)は所(ところ)により農人(のうにん)一人の粮(かて)
に白米(はくまい)一|升余(しやうよ)も食(く)ふ所(ところ)あれどこれを七|合宛(がふあて)のつもりにすれば二《ルビ:ケ月|かつき》にははや弐|斗余(とうよ)
の粮米残(らうまいのこ)れり十一月までもかくの如(ごと)くせば三|年余(ねんよ)の米(こめ)を得(う)べしこれを右(みぎ)に言(い)ふ
一日に一|合余(がふよ)の飢米(うゑまい)にすれば二百日ばかりの飯米出来(はんまいでく)るものなりもしまた初秋(あき)の