翻刻
天保(てんほ)七 申年(さるとし)は甚(はなはだ)しき
凶歳(きようさい)にて翌酉年(よくとりとし)の春(はる)は
下民(かみん)の困窮(こんきう)いふばかりなく
何(いづ)れの市街村落(しがいそんらく)にも
餓死行斃(がしゆきだを)れのあらざるは
なかりけり此時(このとき)に
当(あた)りて官(かみ)よりは
名古屋(なごや)広小路(ひろこうぢ)に
施行小屋(せぎやうごや)を
設(まう)け粥(かゆ)を焚(た)き
出(いだ)し或(ある)ひは
米(こめ)を施(ほどこ)されたり
又 市中(しちう)の
慈善家(じぜんか)は
夫々申合(それ〳〵まをしあ)ひ
金(かね)を集(あつ)めて
桜(さくら)の町天神(ちやうてんじん)
社(しや)の境内(けいだい)に
於(おい)て銭(ぜに)を施(ほどこ)し
窮民(きうみん)を救(すく)ひたり