翻刻
天明(てんめい)四|辰年四国(たつとししこく)
九州(きうしう)の地(ち)
飢饉(きゝん)にて
人民(じんみん)の
難渋(なんじう)
いふ計(ばかり)なし
其翌年(そのよくどし)になり穀物(こくもつ)は
もとより琉球芋(りうきういも)
大根(だいこん)
など喰(く)ひ
つくし
葛(くず)の根(ね)
金槌(かなづち)スミラ
などの根(ね)を
堀(ほ)り食(しよく)
せり
予一日行(よいちゞつゆき)
労(つか)れて大(おほ)なる
百姓(ひやくしやう)の家(いへ)に休(やす)みたりしに老婆(らうば)一人なりいかゞして人の少(すくな)き
やと尋(たづ)ねしに家内皆〻今朝(かないみな〳〵けさ)よりスミラ堀(ほり)に参(まい)れりと之(これ)を
よく〳〵|尋(たづ)ぬれば八里(はちり)あまりの難渋(なんじう)なる山路(やまみち)を分入(わけい)らざれば
近(ちか)きあたりは堀尽(ほりつく)して一本(いつぽん)もなし故(ゆゑ)に朝(あさ)七ツより起出(おきいで)て夜(よ)の四ツ過(すぎ)にあらされば
帰(かへ)る事(こと)を得(え)ず如斯(かくのごとく)して採(と)り帰(かへ)るスミラは家内(かない)二日の食(しよく)に足(た)らずと此家(このいへ)さへかくあればまして
貧民(ひんみん)の老人小児(らうじんこども)の多(おほ)き家(いへ)は思(おも)ひやられて胸(むね)ふさがれりと橘南谿翁(たちばななんけいおう)の続西遊記(ぞくさいいうき)に見えたり