翻刻
享保(きようほ)十七 年(ねん)壬子(みづのえね)は
西国(さいこく)すべて大飢饉(だいきゝん)なりし
此時道路(このときどうろ)に行斃(ゆきたふ)れ
餓死(がし)せし者夥(ものおびたゝ)しく
ありけるに其中(そのなか)一人の男(おとこ)
ありしが衣類身(いるひみ)のまはり
並(なみ)ならざる出立(いでたち)ゆゑに其所(そのところ)の
者死骸(ものしがい)を改(あらた)むれば金百両(きんひやくりやう)を
首(くび)に掛(かけ)てありしとなり如斯(かくのごとく)
金(かね)を持(もち)たる人だに餓死(がし)を免(まぬ)かれず
況(いは)んや貧乏人(びんぼうにん)の餓死(がし)せしは
猶速(なほすみや)かならんと思(おも)ひやられしと
なりト鈴木武助(すゞきぶすけ)の農喩(のうゆ)に出(いで)たり