みんなで翻刻ver1

コレクション: STAGE5

凶荒図録 完 - 翻刻

凶荒図録 完 - ページ 21

ページ: 21

翻刻

出羽庄内(ではしやうない)に鈴木金右衛門(すゞききんゑもん)なるもの あり慈悲深(じひふか)き人にして初(はじめ)メ鶴岡藩(つるはをかはん) の中間頭(ちうげんがしら)なりしが後役(のちやく)を辞(じ)し自(みづか)ら 耕作(かうさく)して世(よ)を渡(わた)りけり天明(てんめい)の飢饉(きゝん)に 南部津軽(なんぶつかる)の者来(ものきたり)て餓死(がし)する者夥(ものおびたゞ)しかりし かば金右衛門之(きんゑもんこれ)を見るにしのびず所持(しよぢ)の 田畑并(でんはたならび)ニ諸道具等悉(しよだうぐとうこと〴〵)く売代(うりしろに)なして これを救(すく)ふ其妻(そのつま)もまた心立(こゝろだて)よきものにて 自身(じしん)の櫛笄衣服等(くしかうがいいふくとう)を売払(うりはらひ)て救(すく)ひしが 猶着替(なをきがへ)の綿入(わたいれ)をも売(うり)て救(すく)はんといふを 金右衛門|之(これ)をとゞめて女(おんな)の身(み)は男子(だんし)と違(ちが)ひ 外(そと)へ出(いづ)るも着替(きがへ)なくては叶(かな)はじせめてこれ のみは残(のこ)し置(おく)べしといへば妻(つま)されば此着替(このきがへ)ある故外(ゆゑそと)へ出(いづ)る心(こゝろ)も候へ いかでわらは独(ひと)りよき衣着(きぬき)て人(ひと)の難儀(なんぎ)を余所(よそ)に見る事(こと)の 侍(はべ)らんとて終(つひ)に売尽(うりつく)して救(すく)ひける 又ある日年頃(ひとしごろ)の娘飢(むすめうゑ)つかれ剰余寒(あまつさへよかん) 烈(はげ)しきに単物(ひとへもの)にてふるひこゞえたる 有様(ありさま)なるを妻(つま)見かねてことし十二|歳(さい) なる娘(むすめ)を呼(よ)びそなたは綿入(わたいれ)を重(かさ)ねて 暖(あたゝか)に着(き)たるがあの子を見よ誠(まこと)に不便(ふびん)ならずや もはや暖気(だんき)にもなるべければしばらくの間(ま) 寒(さむ)さを凌(しの)ぎ綿入(わたいれ)一ツぬぎ与(あた)へざるやといへば娘(むすめ)も 心(こゝろ)よく得心(とくしん)して上着(うはぎ)を脱(ぬ)ぎ与(あた)へたれば両親(りやうしん) ともに涙(なみだ)をながしてよろこびけるとなん