翻刻
常州行方郡潮来村(じやうしうなめかたこほりいたこむら)に芦川源兵衛(あしかはげんびやうゑ)といふものあり世〻農家(よゝのうか)にしてかたはら
商業(しやうげふ)を営(いとな)み夙(つと)に起(お)き夜(よ)に寝己(いねおのれ)の業(げふ)を営(いとな)み最(もつ)とも慈悲深(じひふか)きものなりしが
天明(てんめい)六|年(ねん)は凶歳(きようさい)の上洪水山崩(うへこうずいやまくづ)れなどにて飢(う)ゑ死(し)するもの夥(おびたゝ)し源兵衛(げんびやうゑ)
先(まづ)おのれの倉(くら)に貯(たくは)へ置(お)きたる米麦(こめむぎ)を其村人(そのむらびと)に貸與(かしあた)へかならず返(かへ)すにおよば
ざるよしを言(い)ひ聞(きか)せまた飢(うゑ)て病(やみ)み臥(ふ)す人の為(ため)に米(こめ)を施(ほどこ)すに夜(よ)に入(いり)て来(きたら)ん事(こと)を書(かき)
出(いだ)し置(お)きしに毎夜(まいよ)二百人三百人|程(ほど)ヅヽ来(きた)り後(のち)には遠国(ゑんごく)の者(もの)までも聞伝(きゝつた)へよる
ひるとなく引続(ひきつゞ)き来(き)たりければ夥(おびたゝ)しき飢民(きみん)を救(すく)ひたりとぞ
嗚呼源兵衛(あゝげんびやうゑ)の注意至(ちうゐいた)れりといふべし天保(てんほ)の凶歳(きようさい)には吾三河尾張(わがみかはをはり)の内(うち)にも夜(よ)に
入(いり)て施(ほどこ)しをなせし慈善者(じぜんしや)あり蓋(けだ)し其意同(そのゐおな)じ人(ひと)にして他人(たにん)の施(ほとこ)しを受(うく)るは
快(こゝろ)よしと為(せ)ざるを慮(おもんはか)りてなり実(じつ)に凶年飢歳(きようねんきさい)はいつ来(く)るものとも測(はか)り知(し)れ
ざれば人(ひと)たる者常(ものつね)に其手当(そのてあて)をなし置(お)くべき事(こと)なり然(しか)るに其慮(そのおもんはか)りもなく
徒(いたづ)らに人の施(ほどこし)を受(うく)るは恥(はづ)かしき事(こと)ならずや故(ゆゑ)に平生倹約(へいぜいけんやく)し三碗(さんわん)の飯(めし)は二|碗(わん)に
減(げん)じても一年(いちねん)二年の食料(しよくれう)は蓄(たくは)へ置(お)き
凶年非常(きようねんひじやう)の用(よう)に備(そな)へたき
事(こと)にこそ