和算拾遺

コレクション: 荒木先生茶談

荒木先生茶談(写本) 林文庫2907 - 翻刻

荒木先生茶談(写本) 林文庫2907 - ページ 4

ページ: 4

翻刻

宿せり其後川勝丹後守殿に仕ふ後に糀町に住して 算を教ゆ初古郡彦左衛門か弟子也しか天元術を関氏 門人の内より得て則己か発明として流派を建て 弟子を教ゆ大に世に称せらる其門人に四天王と称する は藤野源四郎河崎新右衛門河内武大夫中西文左衛門也 中西文左衛門正利は十大夫か弟也算法[適当集を著]す 藤野源四郎は 公儀の御賄手代也河内武大夫は 松平美濃守殿に仕ふ磯村十郎右衛門は河内武大夫か 門人也久留嶋左助も中西十大夫門人なり 関氏の門人多き内に建部兵庫同隼之助同彦次郎 [関氏門人は 則荒木先生也 とかや先生は 河内武大夫か姪 を妻とせり 故とかや石津氏 の談也] 三人の事は世に知る所也三瀧四郎右衛門郡智三俣八左衛門 久長両人発微算法を著す沢口三郎左衛門一之は古今 算法を著す今は世の知れる者も無けれとも関氏門人 の内高弟にして甚数に委しく有し関備前守殿に 仕へて其名を後藤角兵衛といへり少し[の越度有て] 家を出されしか其行方をしらす此角兵衛か家来に 五郎八といふあり年期者なりけれは数年角兵衛か 術を見て己れも能ら得たりけり備前守殿へ出入す 茶や荒木次左衛門といへる町人に勧められて剃髪せし 程に角兵衛怒て追放しけりいまた一月も過さるに [茶屋先生の 旅也先生も 関備前守殿に 仕し故是]