翻刻
父病用の留守ハ隣家の小児と交わり遊ひ当年
三年になりけるが勢丈も大く五六年計に見へ其
智恵ハ大人も及ハさるはかりなれハ近辺の人驚き
此もの成長セハいか成ものにならん母ハ龍女と聞クあ
たへし玉ハいか成玉にや伝へたり昔の四郎時貞か
如き切支丹抔ハ企ましやと評ハン高く公儀へ洩
聞へ其玉を差上御覧に入へしと仰付られけ
れ共小児決して放さず玉を抱きて遁けるを
追付奪取公儀へさし上しかハ小児ハ飢に及ひ昼夜
泣明し泣暮しける故父玄順小児飢死仕候間何
とそ玉を御返し下され候様にと頼けれ共返し給
わすいか様拒か母と云ひ其子の様子奇異也若
成長せハ怪敷事仕出さんハ必定也一向只今死刑
に処セらるへしと御評義有て死刑に行われ父
玄順ハ怪しき女を娶し迚追放せられけり此事
御構にも洩聞へ侍妾ハ玄順か一子死刑に行ハれ
しを深く不便ニ思ハれ絶入はかり歎き給ひけ
る忠恕公仰けるハ御身か構ひニ洩さる事弥深く歎
けるこそ笑止なれと宜ひければいやとよ此小児
の殺されし事のみならす乍恐能思召給へ国守
領主たる人ハ民を深く恵み罪有者にても少し
申分立なば赦しなためさセ給ふへきに此小児