翻刻
後花村半右衛門役義御免富永十左衛門御暇下され
其方娘義不届ニ依て罪科仰付られ候二付富永
の苗字御取上けの旨被仰付候処十左衛門仰渡され
奉畏候娘儀正気ニてハいたし候義にて無御坐狂病
の儀御情なく御仕置御うらみ骨髄ニ徴し候と
申上しかハ翌日召捕元の土民弥三右衛門に被仰付ける
|鬨(トキ)ニ寛政三辛亥十一月下旬より普賢山に乾〻十八
九反帆と見へて帆掛舟の様なる物数艘山の峰
に雲と等しく走り行郡中の老若朝ニ?出て是
を見いか成ことにやと評しけれとも其故を弁る人
なし然に正月七日初夜時分凡五六尺廻りの火玉、
峯より飛来り一乗院をさして飛行有様天火と
もわからす物恐ろしき有様也然に同月十八日の
夜亥刻計に麓より六里八合ほど峯に火柱立
事二時ハかりの間見る人肝を冷し諸人集り
みる所ニ大地鳴り響事数千の雷の鳴にひとし無
程大地震火を出し砂石を飛す事さなから大
丸雹の降かことし其夜の明るを今や遅しと待て
立出見れハはるかに山の半ゟ上ハ霞に包める如く見
へ分す同日六ツ時ゟ頻りに震動雷電山も崩るゝ
か如し弥砂石の降る事雨や霰の如し凡五六人し
て持へき石も手丸にてあやを取か如し上へを下へと