翻刻
我ハ去ル方の者に候か我思由の人有て誘ひ出されしか
早すさられ親里へ帰るも恥かしく候とさめ〳〵と
泣きける其粧ひ芙蓉の柳面をおひ又あるへくもなくあ
てやかに見へけれは夫は御痛わしくこそ御親達に
まみへ給ハんも面目なく思召シなん暫く我方へ誘引申御
親御へも折を見合せ御引合可申といへは嬉しき仰
を承るもの哉名染もなき人の哀み給ふ事の返す
かへすも嬉しくこそ便なき身兎も角も身を任せ参
らせ候能きに御計ひ下されよと云弥三右衛門是ハして
やつたり長﨑丸山ニ連行バ捨ても五十両ハ手の内也
能ひ鳥かかゝつたと心に悦ひ急き我家へ連帰り
ける角て其比領主忠恕公此所ニ猟を仕給ふ花村半
右衛門と云近習煙草を飲んと此家に立寄しニ十七
八計なる無双の美女居たりしかハ半右衛門そゝろニ見とれ
しか主に向ひ是は其方か妹か娘かと尋しニ我等娘ニ
候と答ふ半右衛門ハ名残おしけニ立出主人昼休の節か
くの由申上けしか兼而色欲深き主殿頭見ぬ恋ニ
心うかれ夫ハ一目見たきものをと宣ふ半右衛門夫は
安き御事に候御近習の者共か羽織を召替られ
御供人の如く遊ハし御煙草召上らるゝ振ニて立入
らせ給ひ御覧候へかしと申上しかは急き彼家へ
立入らせ給ふ御覧有に双なき美女なりしかハ御心