東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之19 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之19 - ページ 10

ページ: 10

翻刻

【挿し絵】 庵崎(いほさき 俗間(そくかん)請地(うけち) 秋葉権現(あきはこんけん)の 辺(ほとり)をしか 唱(とな)ふれとも 定(さたか)なら         す 須崎(すさき)より 請地(うけち)秋葉(あきは)の 近傍(あたり)まての間(あひた) 酒肉店(れうりや)多(おほ)く 各(おの〳〵)籞(いけす)をかまへ 鯉魚(こい)を畜(かふ) 酒客(しゆかく)おほく こゝに宴飲(えむいむ)す 中にも葛西(かさい) 太郎といへるは 葛西(かさい)三郎 清重(きよしけ)の遠裔(ゑむえい) なりと云伝ふれ とも是非(せひ)をしらす むさしやといふは 昔(むかし)麦飯(むきめし)はかりを 売(うり)たりしかは麦(むき) 計(はかり)と云こゝろにて 麦斗(はくと)と唱(とな)へたり しも今はむさしやとのみ よひて麦斗(はくと)と号(かう)せしを しる人まれに    なりぬ

現代語訳

【挿し絵】 庵崎(いおさき) 俗に請地(うけち)、秋葉権現の辺りをそのように呼んでいるけれども、確かではない。 須崎から請地、秋葉の近辺までの間に酒肉店(料理屋)が多くあり、それぞれが生け簀を設けて鯉を飼っている。酒客が多く、ここで宴会を開いている。中でも葛西太郎というのは、葛西三郎清重の遠い子孫であると言い伝えられているが、その真偽のほどは分からない。 「むさしや」というのは、昔は麦飯ばかりを売っていたので、「麦計(むぎはかり)」という意味で「麦斗(ばくと)」と呼んでいた。しかし今では「むさしや」とだけ呼んで、「麦斗」と号していたことを知る人はまれになってしまった。

英語訳

【Illustration】 Iozaki (Hermitage Point) Commonly called Uketi (Granted Land), in the vicinity of Akiba Gongen shrine, though this is not certain. From Susaki to the area around Uketi and Akiba, there are many sake and meat shops (restaurants), each equipped with fish ponds where they raise carp. Many drinking customers gather here to hold banquets. Among them, one called Kasai Taro is said to be a distant descendant of Kasai Saburo Kiyoshige, though the truth of this is unknown. The establishment called "Musashiya" used to sell only barley rice in the old days, so it was called "Bakuto" (barley measure) with the meaning of "mugi-hakari" (barley scale). But now people only call it "Musashiya," and those who know that it was once called "Bakuto" have become rare.