翻刻
《割書:寒河(さむかは)の尼(あま)|と号(なつ)く》 鐘愛(しやうあい)の末子(はつし)を相具(あいく)して隅田宿(すみたのしゆく)に参向(さんかう)す則(すなはち)御前(こせん)に召(めし)て往時(わうし)
を談(かた)らしめ給ふと云々
按(あんする)に今 木母寺(もくほし)より東北(ひかしきた)の方(かた)にある所(ところ)の川流(かりう)をさして土人(としん)古隅田川(ふるすみたかは)と唱(とな)ふ隅田宿(すみたのしゆく)もまたこの
辺(あたり)ならん歟(か)
都鳥(みやことり) 《割書:旧本伊勢物語(きうほんいせものかたり)に京鳥 藻塩草(もしほくさ)城鳥に作(つく)る真淵翁(まふちをう)云(いは)く古本(こほん)に■【イ+予+鳥】とあるは草書(さうしよ)より|誤(あやま)れるならんと八雲御抄(やくもこせう)藻塩草(もしほくさ)等(とう)に都鳥(みやことり)隅田河(すみたかは)ならても京(みやこ)近(ちか)き河(かは)にもありとしるされ》
《割書:たりされは鳴神潟(なるかみかた)越(こし)の海(うみ)志賀浜(しかのはま)飾磨(しかま)をよひ難波(なには)堀江(ほりえ)高津宮(たかつのみや)輪田御崎(わたのみさき)等(とう)によみあはせはへり又 和泉(いつみ)|式部(しきふ)か家集(いへのしふ)にも和泉(いつみ)に下(くた)りはへりけるに都鳥(みやことり)のほのかに鳴(なき)けれはとあり又 古今著聞集(こきんちよもんしう)に院(ゐん)の御隨身(みすゐしん)秦(はたの)》
【この先も一文字下げ、または二文字下げ、三文字下げの割書で続きますが、何がいけないのかうまく字下げ出来なくなったので、割り書きをやめます】
頼方(よりかた)みやことりをある殿上人(てんしやうひと)に参(まいら)せたるを成季(なりすゑ)にあつけられてはへり食物(くひもの)なともしらてよろつの虫(むし)をくはせ
はへるも所(ところ)せくおほえて小田川(をたかは)美作(みまさか)茂平(しけひら)かもとへやりて飼(かは)せはへりしを建長(けんちやう)六年十二月廿日 前(さきの)相国(さうこく)の富小路(とみかこうち)の亭(てい)に
行幸(きやうこう)ありし次(つき)の日(ひ)相国(さうこく)みやことりをめして叡覧(えいらん)に備(そな)へけるときおとゝ女房(にようはう)にかはりて
すみたかはすむとしきゝしみやことりけふは雲井のうへにみるかな
前(さきの)三河守(みかはのかみ)卜部兼直(うらへのかねなを)もおなしく和歌(わか)を上(たてまつ)る
にこりかき御代にあひみるすみた河すみける鳥のなをたつねつゝ
隅田河(すみたかは)のみやことりを賞愛(しやうあいひ)せし事 古今(ここん)相(あひ)同(おな)し又丙辰記行(へいしんきかう)に都鳥(みやことり)は角田河(すみたかは)のものなれは好事(かうす)の人とりて家(いへ)に
飼(かひ)てはへるをみるにまことに觜(はし)と足(あし)と赤(あか)き鴫(しき)の大(おほき)さなりこの鳥(とり)蛤(はまくり)を好(この)みてよく食(くひ)けるなりと云々
按(あんする)に都鳥(みやことり)は鴎(かもめ)の一名(いちみやう)にして白鴎(はくおう)なる事(こと)決(けつ)せり羽(はね)の灰色(はいいろ)なるもあれと背(せ)も腹(はら)も白(しろ)きに両羽(りやうう)のつゝきに少(すこ)し
黒(くろ)きもの多(おほ)し或人云 此物(このもの)に大小(たいせう)の二種(にしゆ)ありて大(おほい)なるは鴨(かも)の如(こと)く小(ちいさ)なるは鳩(はと)の如(こと)しと又或人云 関東(くわんとう)の
海浜(かいひん)にありて形(かたち)大なるもの其声(そのこゑ)猫(ねこ)に似(に)たり故(ゆへ)に俗(そく)呼(よ)んて浜猫(はまねこ)といふ則(すなはち)食料(しよくれう)とすこの河(かは)に居(を)るものは
小鴎(せうおう)なり常(つね)は海上(かいしやう)にありて風(かせ)荒(あれ)たる時(とき)は遥(はるか)に波(なみ)の静(しつか)なるを求(もと)め来(きた)りてこゝに泛(たゝよ)ひ遊(あそ)へりとそ
其余(そのよ)所々(しよ〳〵)にあれとも其地(そのち)によりて種々(くさ〳〵)の方言(はうけん)ありて名(な)を異(こと)にせり
伊勢物語 なほゆき〳〵て武蔵国(むさしのくに)としもふさの国(くに)とのなかにいろおほき
なる河(かは)あり夫(それ)をすみた河(かは)といふそのかはのほとりにむれゐておもひ
やれは限(かきり)なくとほくも来(き)にけるかなとわひあへるに渡守(わたしもり)はや舟(ふね)にのれ
日も暮(くれ)ぬといふにのりてわたらんとするにみな人 物(もの)わひしくて
京(みやこ)におもふ人なきにしもあらす然時(さるをり)しも白き鳥(とり)の觜(はし)と足(あし)赤(あかき)
鴫(しき)のおほきさなる水(みつ)のうへにあそひつゝいをゝくふ京(みやこ)には見えぬ鳥
なれはみな人見知らす渡守(わたしもり)に問(とひ)けれは是(これ)なんみやことりといふをきゝて
なにしをはゝいさこととはん都鳥我思ふ人はありやなしやと
とよめりけれは舟(ふね)こそりてなきにけり
真淵翁(まふちをう)に都鳥(みやことり)の事を問(とふ)人ありて云 古今集(こきんしう)には川(かは)の辺(ほとり)にあそひけりとありてことはり明(あきら)けし
伊勢物語(いせものかたり)には水のうへにあそひてといへは足(あし)はみえしやと翁(おきな)こたへていふ此鳥(このとり)は鴎(かもめ)にてむれつゝあそふ故(ゆへ)に
飛立(とひたち)も辺(ほとり)に在(ある)もあるへけれはこの問(とひ)は頑(かたくなし)これはかもめなるをしらせんとてや詞(ことは)を添(そへ)つらん云々
回国雑記 かくて隅田川(すみたかは)のほとりにいたりて《割書:中略| 》猶ゆき〳〵て川上(かはかみ)にいたり
はへりて都鳥(みやことり)尋(たつね)みむと人〳〵さそひけるほとにまかりてよめる
事とはむ鳥たにみえよ隅田河都こいしとおもふ夕に 道興准后
おもふ人なき身なれともすみた河名もむつましき都鳥哉 同
都鳥(みやことり)は所々(しよ〳〵)にあれとも在五中将(さいこちうしやう)の詠(えい)によりて専(もはら)此(この)隅田河(すみたかは)の景物(けいふつ)
とす故(ゆへ)に世〳〵(よよ)の詞人(ししん)吟客(きんかく)是(これ)を賞愛(しやうあい)せり其色(そのいろ)白(しろ)く觜(はし)と足(あし)と赤(あか)く
して形状(かたち)の甚(いと)幽雅(みやひ)たるゆゑにかくは命(めい)せしならん歟
梅柳山木母寺(はいりうさんもくほし) 隅田村(すみたむら)堤(つゝみ)のもとにあり隅田院(すみたゐん)と号(かう)す天台宗(てんたいしう)にして