賀茂社関係文書翻刻プロジェクト

コレクション: 賀茂社記録

賀茂社記録. 第67冊 - 翻刻

賀茂社記録. 第67冊 - ページ 67

ページ: 67

翻刻

御生所始如例年也入夜祖母千子季若参社有之 廿一日癸酉晴葵御祭也寅半刻注進奉行出京之節 評定列奉行保暁出頭一番太皷令打之席外列奉行 格保志顕早出経千季式保逞朝飯後早々令交代 前刻神入初度々御参令申云々無程 近隣使川鰭中将殿 御里亭御出門之注進有之于時二番太皷令打之神人 初度之御参相済直ニ二度御参令申相済亦々引 續三度之御参令申觸也巳刻斗御使御所発遣之 注進有之于時三番太皷令打之社司已下相揃之後 小時而下鴨御使解除之注進白丁使帰ル其旨休幕へ 壱人参り惣代中申入此時一鳥居前警固未不参ニ候得 共列立可申哉保暁より神主望久卿へ相談之処可 立列旨ニ付直様立列評議所操出し保暁門前経千 志顕列遅速見繕季式格保所々警固案内見繕等 保逞了而酒殿橋迄進之處一鳥自前目附参着直ニ警 固有之次ニ引續神寶行列立之楽所ヘハ志顕行向令入魂也 右渡御了而少時帰宅休息等前刻 近衛使川鰭殿 傳奏清水谷殿奉行坊城殿已下内蔵使牧山城使難 波其余諸司参向御使御作法中桜門辺列奉行之内 三人斗神前見膳之加勢有之候得共予山城使方へ参ニ付内々 仲ケ間へ令入魂置難波へ為祝鯖【飛魚】三暇送之休所令取 持経紀同断罷越也敏顕今日寮馬鞍請取奉行云々 諸事申下刻無滞相済了弥重々々敏顕夕刻帰京也 廿二日甲戌晴狩衣素襖白丁等社中へ令返上也

現代語訳

御生所始めは例年の如くである。入夜、祖母千子・季若が参社した。 二十一日癸酉 晴れ 葵御祭である。寅半刻、注進奉行が出京の節、評定で列奉行保暁が出頭し一番太鼓を打たせた。席外列奉行格の保志・顕早が出て、経千・季式・保逞は朝飯後早々に交代させた。前刻から神入初度々御参を申し上げるとのこと云々。程なく近衛使川鰭中将殿の御里亭御出門の注進があり、この時二番太鼓を打たせた。神人初度の御参が相済むとすぐに二度御参を申し上げ相済み、また引き続き三度の御参を申し上げるよう触れた。巳刻頃、御使が御所を発遣したとの注進があり、この時三番太鼓を打たせた。社司以下が相揃った後、しばらくして下鴨御使解除の注進があり、白丁使が帰る。その旨を休幕へ一人が参り惣代中へ申し入れた。この時一鳥居前警固がまだ不参であったが、列立すべきかと保暁より神主望久卿へ相談したところ、立列すべき旨に付き、直様立列した。評議所を操り出し、保暁は門前、経千・志顕は列の遅速見繕い、季式・格保は所々警固案内見繕い等を保逞が了えて酒殿橋まで進んだところ、一鳥居前目付が参着し直ちに警固があった。次に引き続き神宝行列が立ち、楽所へは志顕が行向き入魂させた。 右の渡御が了って少時帰宅休息等。前刻、近衛使川鰭殿、伝奏清水谷殿、奉行坊城殿以下、内蔵使牧、山城使難波その余諸司が参向し、御使御作法中、桜門辺で列奉行の内三人ほど神前見膳の加勢があったが、予は山城使方へ参るに付き、内々仲間へ入魂しておき、難波へ祝いとして鯖【飛魚】三匹を送り、休所を取り持った。経紀も同断で罷り越した。敏顕は今日寮馬鞍請取奉行云々、諸事を申し、下刻に滞りなく相済んだ。いよいよ重々々、敏顕は夕刻帰京した。 二十二日甲戌 晴れ 狩衣・素襖・白丁等を社中へ返上させた。