翻刻
ねたけれと【憎らしいが】この君と見給ふにすこしお
かしうなりぬ人のおもひよらぬ事よと
にくむ〳〵
さとわかぬ【どの里にも隔てず】かけ【月の光】をはみれとゆく月の
いるさ【入り際】の山をたれかたつぬるかうしたひ【慕い】あ
りかはいかにせさせ給はむ【どうされますか】ときこえ給まこ
とはかやうの御ありきにはすいしむ【随身】から
こそ【を付けてこそ】はか〳〵しきこと【しっかりした行動という】こともあるへけれをくらさ
せ給はてこそあらめ【(私を)置き去りにしないでほしい】やつれたる【お忍びでの】御ありき
はかる〳〵しき事【軽率な事】もいてきなむ【起こります】とをしか
現代語訳
憎らしいけれど、この君(頭中将)だと見なさると少し面白くなった。「人が思いもよらないことよ」と憎く思いながらも。
「どの里とも分け隔てなく月の光は見るけれど、行く月の入り際の山を誰が尋ねるだろうか」このような慕う心がおありでしたら、どうなさいますかと申し上げなさる。「本当にこのようなお忍び歩きには随身を付けてこそ、しっかりした行動ということもあるでしょうに。私を置き去りになさらないでください。お忍びでの外出は軽率なことも起こりがちです」と言う。
英語訳
Though it was annoying, when he saw that it was this lord (Tō no Chūjō), it became somewhat amusing. "What an unexpected thing," he thought with irritation.
"Though the moon's light shines equally on every village, who would seek out the mountain where the departing moon sets?" If you have such longing feelings, what will you do? he asks. "Truly, for such secret outings, you should have an attendant with you to ensure proper conduct. Please don't leave me behind. These clandestine excursions tend to lead to reckless incidents," he says.