翻刻
〳〵しかりしをやさりともき た(えイ)しとねひ
人【注①】ともはさだむる御うたもこれよりのはことはり【筋道】
きこえてしたゝかにこそあれ御かへり【返歌】はたゝ
おかしきかたにこそくち〳〵にいふひめ君も
おほろけならて【注②】しいて【注③】給へるわさ【注④】なれはも
のにかきつけてをき給へりけりついたち
のほとすきてことしおとこたうか【注⑤】あるへけ
れはれいの所〳〵あそひのゝしり給にもさは
かしけれとさひしき所のあわれにおほ
しやら ◦(る)れはなぬかの日のせちゑはてゝ夜に
【注① 年老いて経験を積んだ人】
【注② 並々でなく。】
【注③ 為出で=作り上げる。】
【注④ 詠歌の意】
【注⑤ 男踏歌(おとこどうか)=正月十四日に行われる男の踏歌。踏歌(とうか)とは平安時代以降正月に宮中で行なわれた行事で、歌い、舞い、足踏みして踊ること。十六日が女踏歌。】
現代語訳
〳〵しかりしを、やはりそうとは言え経験豊かな老人たちも認める御歌も、これより(の状況から生まれた)のは道理が通っていて、しっかりとしたものである。御返歌はただ趣深い方面にこそ(優れて)、口々に言う姫君も並々ならずお作りになった歌であるから、物に書きつけて置かれたのであった。
ついたち(正月)の頃が過ぎて、今年男踏歌があるはずなので、例の所々で遊びに興じ騒がれるにも賑やかであるけれど、寂しい所の哀れさをお思いになられるので、七日の日の節会が終わって夜に
英語訳
〳〵 was indeed so, but even the experienced elderly people acknowledged that his poem, arising from this situation, was reasonable and well-crafted. His reply poem was simply elegant in its refined aspects, and since the princess whom everyone praised had composed it with exceptional skill, she had it written down and preserved.
After the New Year period had passed, as there was to be a men's tōka dance this year, there was much merriment and revelry at the usual places, but thinking compassionately of the lonely place, after the seventh day's court banquet had ended, in the evening...